　－４．ＡＳＡＴＯ　＜Ｐａｒｔ１＞　－　

「アリア、行くのか…」
「うん…」
彼女は気丈に、といっても痛々しい表情なのではあるが。
「だって、アサト…。シュウが蘇(よみがえ)るというなら、動かないとね…」
ごくごく当たり前のように彼女は軽く笑っていう。
　そして、その言葉を肯定するように彼女の目“ＢＬＵＥ　ＳＫＹは”一瞬青味を増したような気がした。
　いまやシュウの遺品になってしまった彼女の目は、彼女を急き立てているようにも見え、また、目的のために彼女を操つっているようにも見えた。

　彼女は彼女の意思で動いているのか…？

　何故かそんな思いを俺は抱く。
　彼女の目がいつもの目じゃないからなのかもしれない。
　そして、その目は確かに普通の目ではないのだ。
　シュウの目的のために元は作られた目なのだから。
　その目的を俺は詳しく知っているわけではない。
　だけれども、何かとてつもない謎のある目だと思っている。
　解明不可能なほどの得体の知れない何かがこの目にはあるのだ。

彼女の意思ではなく、“ＢＬＵＥ　ＳＫＹ”の意思で彼女は動かされている…？

　だから、ふっとそんな疑いを持ってしまう。
　この目が“彼女の目”になった時を知っているからなのかもしれない。
　ＡＩＲＡ(アイラ)のコピーにしかすぎない肉体が、“ＢＬＵＥ　ＳＫＹ”という目によって、ＡＲＩＡ(アリア)となったことを俺は知っているのだ。
　つまり“ＡＲＩＡ”誕生の瞬間でもある。
　単なる眼球(がんきゅう)にしか見えなかった“ＢＬＵＥ　ＳＫＹ”をシュウが“ＡＩＲＡ”の形をした肉塊(にくかい)に埋め込んだことによって“ＡＲＩＡ”になったのを俺はこの目で確かに見たのだ。
　もう随分経つけど、ＡＲＩＡが誕生したこの時のことを俺は忘れられない…。

―　ＢＬＵＥ　ＳＫＹは彼女の魂みたいなものなんだよ…　―

　驚いて思わず言葉を失った俺に、シュウはなんでもないことのようにいった。
　通常、眼球の本来のあるべきところに、その眼球を入れただけで、肉塊にしかすぎない肉体が人間のように動くわけはないのだ。
　が、ごくごく普通の人間のように“ＡＲＩＡ”は俺の目の前で動いたのだ。
　驚くなという方が無理な注文である。
　シュウがただの科学者や魔学者ではないことは嫌になるぐらい知っている。
　おそらくシュウの作成した目（眼球）であり、肉体なのだから、何か特殊なものなのだろうとはわかっている。
　が、俺はそれでもぞっとした…。
　不可能なはずのことをシュウはいとも平然とやってのけたのだ。
　それこそ、できて当然だといわんげに…。
　そして、そんな俺を見て、シュウは、静かに、けれども何かに憑かれた様な笑みを浮かべていた。
　シュウが死んでしまった今ではわかりようがない。
　今思えば、シュウはどこか壊れてたのかもしれない。
　もっとも、シュウが生きていたとしたって、多分それに関して、俺にいうことはないだろうけど…。

　そういえば、誕生したての“ＡＲＩＡ”は無表情にシュウを見ていた。
　彼女は一見、本当にかつて死んだはずの“ＡＩＲＡ”にも見えたし、全然異質のものにも見えた。
　もっとも、ＡＩＲＡとは良く似ているが別物の“ＡＲＩＡ”なのだから、違うものだというのは当然といえば当然なのだけど。

　俺はこの時の事を思い出すと、未だに底知れず恐ろしくなる。
　　でも、これは確かに“ＡＲＩＡ”という人物がこの世に現れた瞬間だったことは間違いないのだ…。揺るぎのない紛れもない真実である。

　そして、その時のＡＲＩＡの目の色は、名前どおりの“ＢＬＵＥ　ＳＫＹ”だったのだ。
　本当に哀しいぐらい、晴れた日の空のような蒼い色だった。　このシュウが死んで変わってしまった現在のアリアの目とまったく同じ色…。
　だから、現在、いつもの色とは違う目になっていると驚いているものの、本来の色はこちらのほうなのかもしれない。
　本来のあるべき色に戻ったにすぎないのかもしれない…。
そんなことを考えていると、ふと、彼女の自我というのは“ＢＬＵＥ　ＳＫＹ”なのかもしれないと思えてきた。
　彼女の自我といっても本当は“ＢＬＵＥ　ＳＫＹ”の自我なのかもしれない…。
　まあ、“ＢＬＵＥ　ＳＫＹ”の意思だろうが、そうではなく、普通の人間のように本当の彼女の意思だろうが、結局、アリア…、つまり、ＡＲＩＡそのものから出てくるのだから、どちらにしろＡＲＩＡの意思といってしまえばそうなのだが…。

「どうしたの、アサト？」
　アリアはキョトンとして俺を見る。どうやら、俺はちょっと考え込んでいたらしい。
「昔を思い出した…」
「昔…？」
「そ、昔…。君がＡＲＩＡになった時、つまりアリアが誕生した時のこと」
「なんでまた…」
　彼女は不可解そうに俺を見る。
「…。今の君の目と全く同じ色をしていたからさ…」
　そう、だから、俺は昔のことを思い出したのだ。
「えっ…？」
　やけに驚いた顔を彼女はする。
「アサト…？」
「覚えていない…？」
　俺のいったことにちょっと困ったような顔を彼女はする。
「そんな生まれた時のことなんか覚えていないよ…。いくら元々生まれた時からこの姿だといったって…。まだ自我と肉体の定着がしていないもの。アサトだって自分の生まれた時のことを覚えていないだろう？」
「確かにそうだな…」
　彼女のいうとおり、俺だって自分の生まれたときの記憶なんてない。と、
「でもね、そういえば、シュウは私の近くにいて笑っていたような気はするけど…。はっきりとは覚えてはいないけどね…」
　俺がいたことはともかく、どうやらシュウがそばにいたという事は覚えているようである。
「そうか…」
「その時もこの目は青かったんだ…？」
「ああ、シュウはいっていなかったか…？」
「ううん、何も…」
　彼女はやけに寂しそうな顔をした。

「ただ、シュウはやっぱり何も話してくれなかったんだなあ…って、思った…」
「アリア…？」
「シュウは考えがあってそうしたんだとは思う…」
　また俺はチラッと過去の事を思い出した。

　―もし、ＡＲＩＡが自分の出生について、聞くことがあっても彼女には何も教えないでくれ―
　シュウはＡＲＩＡが誕生して、間もない頃にそんな事を告げた。

―　時が来たら、僕がちゃんと打ち明けるから…　―
彼女の誕生に立ち会っただけで、大して俺はその事について、よくわからないのにもかかわらず、シュウは念を入れた注意深さで俺にいった。

「そうかな…？」
　彼女は少々考え込んでいるようだった。
「そうだよ」
「アサトがそう断言できるのは、やっぱり付き合いが長いからなのかな…」
　そういう彼女の口調はなんだか寂しそうだった。
「アリアだって、シュウとは付き合いは長いだろう？」
「でも、シュウは何もいってくれないよ？」
　俺は溜息を軽く吐く。

（……。世の中でシュウが一番何でもいっているのは、君だけなんだけどな）

　アリアはどうにもわかっていないらしい。
　確かに俺に話はしている。でも、シュウは絶対に心を開かない。
　シュウは、それこそアリア以外の誰にも心は開いてはいないのだ…。

「アリアは何も話してくれないというけれど、シュウがアリア以上に話している奴なんか、俺は見たことないぞ」
　けれども、彼女はくすんだ微笑を浮かべていう。
「私はシュウに一番近くて、一番遠い存在なんだよ…」
「アリア？」
「シュウはね、確かにどこまでも私に優しいよ…。でも、シュウはどこまでいっても遠くて掴めない…」
　彼女はまた泣きそうな目をする。

「あのさ、アリア…」
　俺は彼女が泣くのを見るのはもう正直にいって耐(た)えられなかった。そして、“ある目的”を実行するためにも、俺はある提案をするのだった。

「何？」
　いつもはしないはずの、泣きそうな潤(うる)んだ目に、またもやなったアリアは俺を見る。
　が、それに構わず俺は彼女にいう。

「アリア、俺を亡命させてくれないか？」

　みるみるうちに彼女の顔が驚愕(きょうがく)の表情に変わっていく。
　彼女からすれば、それはどう考えても突拍子のない事だっただろう。
　だけれど、俺は冗談でも悪ふざけでもなんでもない。本気なのだ。
　そして、日頃、冷静沈着でクールな彼女でも、驚くことがあるのだと、妙な感心をしながら、俺は告げる。

「もし、君が俺を殺したくないと少しでも思うなら…」

「アサト…？」
　彼女は俺を見つめた。
「俺も、ちょっと命を狙われているんだよ、シュウほどではないのだけどね」
　シャレにならない事を我ながらいっていると思った。
　だけれど、これはシャレでもなんでもない事実なのだ……。

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