－４．ＡＳＡＴＯ ＜Ｐａｒｔ６＞ －
「しかし、悪かったな･･････。迷惑かけて･･････」
すまなそうにアサトはいった。
「どうした、アサト？」
「俺を亡命させてくれて、ありがとうね」
いつもと違う神妙な口調で改まったようにいうアサトに、思わず私は苦笑した。
「御礼をいうほどのものじゃないけど？」
車のハンドルを軽く握りなおして、私は答える。
「シュウに化けて貰ったのは、カモフラージュをして貰ったわけだし、私にとっても都合が良かったからね」
「そういってくれると有難いね」
アサトは少しだけ、また笑った。
私にとっては、アサトがシュウに化けてくれれば、シュウが生きているようにも見せられた。
アサトにとっては、シュウに化けることで、国外に脱出することができた。
要は、アサトは安全にバレずにこの国から出れ、私はシュウが死んだことを簡単に隠すことができるのだ。お互いに損はしなかった。
「“シュウの姿”があれば、まず、シュウが実は死んでいるなんて、誰も思わないよ……」
それを聞くと、そのシュウを演じたアサトは苦笑した。
「確かにな。そもそもシュウが“死ぬ”なんてことはみんな概念にないと思うよ」
そうである。私だって、ちょっと前まで、そんな事なんて思い浮かばなかった。
シュウが死ぬなんて、それこそ欠片も想像できなかった。
「まあ、それを突いて、アサトに化けてもらったわけだけどね」
「ああ…」
とりあえず“シュウの姿”があれば、そんなに出国審査で時間を取らず済ましてくれるのではないかと、元々私は考えてはいた。大体、いつも研究旅行をする時はシュウと一緒である。
それも毎度のことなのだ。
だから、私がいつものように“シュウ（正しくはシュウの姿をした者）”と一緒なら、まず疑われることはないと思ったのだ。意外と人間というのは、いつもと変わらなければ、気にもとめないものである。
だから『いつもと変わらない私とシュウの姿』にしか見えないものを堂々と見せられて、シュウが誰かによって殺されて、この世にいないかもしれないと予想できる奴はまずいない。
シュウが死ぬことなんて、本来“ありえないはずの事”なのだ まして、ありえないはずの“シュウの死”を知っているのは、私とアサトしかいないのだから。
そして、“アサト”に死んでいるはずの“シュウ”に化けてもらったのだ。
アサトは、まわりには女たらしとかロクでもない印象ばかり取りざたされているが、実は変化の術，呪文の系統のプロフェッショナル（しかも、とんでもないレベル）なのだ。
まず、見破れないと確信していた。
「まあ、こちらも、思ってたよりも簡単にいって、驚いたけどね」
私がそういうと、アサトは面白そうに少しだけ笑ったようだった。
「まさか、あんなにもアッサリ出国審査が終わるとは思わなかったよ」
こちらが驚くほど、いつもよりアッサリと済ましてくれたのだ。
「なるほど…」
アサトはもっともだというように納得した。
「恐らく、リンクが手配してくれたんだろうとは思うけどね。それも、いつも以上にね…」
「リンクも、俺同様、アリアには甘いからな」
と、アサトはしょうもないことをいう。
「何よ、それ…」
「何だろうね？」
アサトは何処か不敵にふふっと笑った。
「俺もリンクと同じ管理局の事務次官だったら、同じことをすると思うから」
「おいおい」
「まあ、明らかにいえるのは、リンクには感謝ってことだな…」
「それはそうだね…」
確かにその通りなので、私も素直も頷いた。
元々、私とシュウが、マリアに辟易していて、研究旅行に行く場合は、この国から早々と脱出したがっているというのも周知の事実だった。マリアは通常ですら鬱陶しいというのに、私達が研究旅行にいくとなると、どこから、その情報を嗅ぎ付けたようにやってきて付きまとうのだ。
まあ、彼女のやりたいことは、私とシュウが研究旅行に行くのが気に入らないから、邪魔してやろう、もしくは台無しにしてやろうということだ。
最終的には、研究旅行にいけるのだが、権力者の地位のおかげか、彼女の嫌がらせは尋常ではなく、厄介なものなのだ。付き合わされるこちらとしてはたまったものではない。
私達だけでなく、まわりにいる者達も不快極まりない思いを必ずするのだ。
が、幸いなことに私とシュウが既に他国に行っているとなると、国外までは流石に追いかける気はないのか、マリアは一応諦める。恐らく、いくらマリアとはいえ、醜態を晒す気はないのだろう。
シュウが天才科学者（魔学者）だとはいえ、その一介の研究者を追いかけるため為に、国家権力を持った者が気違いのように躍起になっている姿など、他国の人間に見せるほどには、彼女は愚かではないらしい。
まあ、そのことは長年の経験で、管理局の方も嫌になるほどほどわかっていた。
そのため、実はいつも管理局の人間が気を利かせて、いろいろと手配してくれ、面倒くさく、それなりに時間の掛かる出国審査を短時間ですませてくれるのだ。
つまり、はやい話が、研究旅行をするなら、とっとと私達がマリアが絡んでこないうちに、国外に出してしまおうということだ。私達がいってしまった方が管理局にとっても平和なのだから。
だから、毎度のことで、管理局側も暗黙の了解で手配してくれるのである。
避けられる被害は管理局の人間だって、避けたいのが本音である。
仮に、下手に審査になんか時間を取られ、手間取っていたりすると、何処からかマリアが嗅ぎ付け、迷惑極まりないことを確実にやろうとするのだ。しかも、その彼女はこの国の権力者なのだから、力を持っている分、タチが悪い。
ちなみに、このように管理局が国外脱出ができるようにしてくれているのは、管理局の事務次官であるリンクの配慮がカナリ大きい。
彼女はマリアに対して、詳しくは語らないが、どうやら相当な恨み（怒り？）を持っているようなのだ。
それに、私とシュウを彼女の思い通りにさせたくないという、思いがあるらしい。
本人はよく『あなたやＤｒ．ＳＹＵを、プリンセスのためなんかに殺すようなことになったら嫌ですからね』とか『私もあなた達を守りたいんですよ』ともいっている。
そして、
『もう、二度と同じ過ちを繰り返したくないんですよ…』
ともいっているのだけれど…。
まあ、そんな彼女がいるからか、管理局は簡単にはマリアの思い通りにはいかない機関のひとつになっているのだった。
「でも、アサト。だからこそ、気は滅入るな…」
私は、とういって、溜息を吐いた。というより、吐かずにはいられなかった。
「アリア？」
アサトはちょっと驚いたようだった。
「だって、私はリンクやルックの好意や信用を利用し、図らずとはいえ、裏切っているような形を取ってしまったんだから…」
リンク、ルック…。
自分に好意を持っている人間を、私は騙すような事をして、この国を脱出したのだ。
それだけはすまないと素直に思った。
「…。誰もアリアを責めないよ。リンクもルックもね」
と、確信しきったようにアサトは断言した。まるで、静かに宣言をするかのように…？
「アサト…？」
「俺が保証してやるよ」
その口調は不思議なぐらい迷いはない。
「なんなの、その自信は？」
「…。多分、理由は俺と一緒」
「えっ？」
「恐らく“ＢＵＬＥ ＳＫＹ”が、君に嫌でも教えてくれると思うよ」
そして、アサトはこれ以上の詮索を拒むように、軽く笑って口を閉ざした。
しばらくして…、
「アリア･･･。いうまでもないけど、お前は俺を出国させる手伝いをしたことになるから、バレたら罪に問われるぞ？」
少しだけ、からかう様にアサトはいった。まるで、どこか他人事のように。
「まあね」
そうだなと私は苦笑した。別にわかっているとはいえ、こうして、多少落ち着いてくると、改めて事の大きさに気付いてなんともいえない気持ちになる。別に怖気づくなんてことはないのだが、我ながら大胆なことをやったのかもしれないと思った。
アサトの亡命を手伝ったのがばれてしまったら、亡命幇助罪ぐらいはなるだろう。
もっとも、シュウが生きていると国の方は思っているだろうから、厳重注意ぐらいですむかもしれないが。
けれど、シュウが既に死んでいたことが知られたとなると、事はそんなものでは済まないだろう。
そうなったら、恐らくマリアが権力を盾にこれでもかと、凶悪なことをするだろうから、もっとロクでもないことになるのだろう。それは確信できた。
シュウがこの世にいないとわかったのなら、彼女は恐らく自分の欲望を満たすために、どんな手を使っても私の存在を消そうとする。たとえば、これ幸いだと、私を強引にシュウ殺しの犯人に仕立てて処刑にするくらいのことはするだろう。
そのくらいは想像にかたくない。
彼女は、シュウのそばにいる私の存在が邪魔なのだ。そして、かなり敵意を持っている。
ことあるごとに（といってもシュウには見えないようにはしている）、私に「シュウがいなければ、あんたなんて消せるのよ」等と殺意に満ちた目で威圧的いったりするぐらいは、何でもなく平気で私にやるのだ。少なくとも好かれていないのは嫌でもわかる。
まあ、そんな彼女に簡単に潰されてやるつもりなどは皆無なのだが…。
「それ以前にシュウが死んでいるってことを隠している時点で、私も違反者といえば、違反者だけど？」
でもって、私は軽くアサトにいう。
「そうか」
彼は苦笑した。
「そういう、アサトは大丈夫か？」
私の方は、しばらくは大丈夫だとは思ったが、アサトはそうもいかない気がした。
「大丈夫、変装は御手のものなんだ」
が、なんでもないことのようにアサトはいう。
「まあね」
私はこれには苦笑するしかなかった。考えてみれば、アサトがシュウに化けてた、さっきの国境での遣り取りは本当に気を付けないとシュウそのものだったのだ。
確かに、ここまでできるのなら、そう簡単に捕まるなんてことはなさそうな気もする。
しかし、それはそうとして、この国が独占したがり、また、国外に持ち去られたくないアサトの研究データとはなんなのだろう･･････？
“禁断の魔学と科学”だと彼はいう。
彼は一体何をするつもりなのだろう？ 研究のデータ等が詰め込まれた彼のリュックがチラッと後部座席に見えた。
「そんなにまで俺の研究が気になる？」
ふと、目ざとく、それでいて茶化すようにアサトはいう。
「いったい、女たらしのアサトが真剣になる研究とは何だろうとは思う」
「そうだなあ、今日一晩ぐらい俺といてくれたら教えてやってもいいけど･･･？」
しょうもないことを彼はいう。
「何考えているんだか」
私は笑うしかない。でも、少しだけいう。
「でも、今日は寂しいから、一緒にいてもいいかもしれない･･････」
すると、ちょっと驚いたようにアサトはいう。
「･･･。やっぱりやめた。いつものアリアじゃないと口説く気しないよ」
「何だよ、それ」
「こんな状態のアリアを口説いたら、シュウに呪い殺される」
アサトは苦笑いをする。
「でも、シュウはかっての彼女が再生したら、私はいらなくなっちゃうと思うよ」
「アリア？」
「そうなったら、アサトに付き合ってやってもいいよ」
私はふとそんなことをいってやる。勿論本心ではないのだけれど、
「そんなことを本気で思う？」
と唐突にアサトは真剣な口調になる。恐らく彼は真剣に私を見たんだと思う。
私は車の運転しているので、当然、彼の顔を見ることはできなかったけど、なんとなく気配でわかった。
「そのぶんだと、シュウは君の出生のことを本当に肝心なところは話してないようだな。まあ、シュウの考えで話してないんだろうけど･･･」
「アサト？」
突然出てきた“出生”という言葉に私は思わず反応した。
シュウをはじめ、誰もが私の“出生”については、まるで避けるように、はぐらかして教えてくれないものだから、私はついつい反応してしまうのだ。
「…。まあ、俺もすべてわかっているわけじゃないけれどね」
私の反応に気がついたのか、冷静に言葉を選ぶようにアサトはいった。
「私の出生？」
「ああ」
彼は大真面目に答えた。
「そうだな･･････。少しだけならヒントをいってあげる･･････」
黙りこんだと思ったら、アサトは突然そんなことをいった。
「ヒント？」
アサトも唐突に妙なことをいう奴だとふと思った。まるで、シュウのようである。
シュウもこんな風に唐突に妙なことをいい出すのだ。
「君に出生はいろんな陰謀が隠れていたんだ」
「いろんな陰謀？」
「ああ、でも、すべてはいえないけどね」
「何なのよ、それは？」
「だって、すべてを知っている奴は、シュウただ一人だけだよ？」
飄々としてアサトはいう。
「俺が知っているのは、あくまで一部でしかない」
「それはそうだね…」
そう、本当のことは、すべての謎を抱いたまま死んでいった“シュウ”しか知らないのだ……。
「ところで、アサト。それは、シュウのマリアに対する憎しみと関係あるの？」
で、こちらも、ふと思いついたことをいってみた。
と一瞬、驚いた顔をアサトはしたようだった。
「…。全く関係ないとはいえないと思う」
そして、彼は困ったようにそう告げた…。
ＮＥＸＴ ＺＯＮＥ ｉｓ －４．ＡＳＡＴＯ ＜Ｐａｒｔ７＞－。