−2.DR.SYU <Part3> − 


「あら、アリア・・・。何処か行くの? 当然、私も連れていってくれるわよね? 友達なんだし・・・・・・」
 ワザとらしくソプラノのやけに神経を逆撫(さかなでする声が聞こえた。思わず舌打ちを心の中でする。

彼女と会わないように早めに切りあげたつもりだったのだが、その彼女は、こちらのそんな思いを(ぎ取ったかのように、現れた。
頼みもしない“天敵”の登場である。
「そうだけど、それが何か?」
 そういって、外に出ようとする私を(ふさぐように、彼女は近付いた。
「そんな愛想(あいそ悪くしていると嫌われるわよ?」
 自分はまるで愛されて当然、嫌われることはないと心から思い込んでいる人間がそこにいた。
「・・・・・・。どうでもいいよ」
 私はこの女が苦手だ。嫌いといっていい。
「わざわざ、いってあげてるのに。そんなこということないじゃない・・・・・・?」
 大袈裟(おおげさに彼女は傷付いたという表情をする。
 私はあなたのためにワザワザしてあげてるのに、(ひどいじゃない?といわんばかりである。
 よくもまあ傷付いてもないのに、演技過剰にやれるものである。
 はっきりいってワザとらしくて、こちらとしては疲れてしまう。まあ、本人は知ったこっちゃないことなのだろうが・・・。
「悪いけど、これから、いろいろ準備しなくちゃいけないんだ」
「あら、せっかく折角会ったんだし、ちょっと御茶でも飲んでいかない?」
 仲のいい友人の顔を演じて彼女はいう。彼女は勧誘形の言葉を使ってはいるが、事実上強制形な言葉だと思う。
「・・・・・・。やめておく」
 で、私の答えはいつも決まっていた。だから、自分は拒絶されることはないと心から疑いなく信じている彼女は喰ってかかる。
「・・・・・・。この前もそうだったわね。付き合いが悪いと嫌われるわよ?」
 まるで、教え諭すようにいう。
「君には人の都合を考えるということができないの?」
そういうと、彼女は酷く驚いた顔をした。
「友達なら、私に御茶とかに誘われたら、喜ぶものが当然じゃない? しかも、この私が誘ってあげているのよ?」
 “友達”・・・かあ。彼女を見てふと考える。
「それとも、“作られた人間”のあなたには“常識”というものがないのかしら?」
   悪意を込めて彼女はいう。そして、いつもの様に“作られた人間”という部分をやたらに彼女は強調していう。
 彼女は私のように人工的に作られた生命体に対して、何故かはよくわからないけれど(さげすんだ見方をしている。
 特に私に対しては、“他の理由”もからんでいるせいか、更に差別意識をこれみよがしに見せるのだ。
 まあ、もう慣れてはいるのだが・・・・・・。
 彼女はまた、まるで、私を見下したように、いや、恐らくは見下しているんだろうけど、そんな様子でいう。
「まったく・・・・・・。私の方がアリアよりも全然優秀なのに、どうしてDr.SYUは、あなたなんかをパートナーにしているのかしらね? おかしいと思わない・・・・・・?」
 彼女はワザとらしく不気味に可憐(かれんに笑っていう。それをどうやら肯定させたいらしい。
 しかし、どうして彼女の笑顔というのは気分が悪いものなのだろう?
「本人に聞いてみたら?」
 ともかく私はあっさりという。バカバカしいことをいう女に、わざわざ丁寧に答えてやる気はないのだ。
「私はシュウに望まれた人間ですからね。君と違って・・・・・・」
 と、彼女は不意をつかれたように私を見た。
 私のいったことに意表(いひょうをつかれたらしい。
「・・・・・・。友達が傷付くことをよくいえるわね・・・・・・」
「自覚あるんだ?」
 私はあくまで淡々と答えた。で、更にいう。
「それに、別に君と友達になったつもりはないんだけれど?」
 そうである。気が付いたら、この女は私に付きまとうようになっていたのだ。理由は簡単。彼女はシュウが好きなのだ。で、シュウをものにしたいがために、そばにいる私に近付いてきたのだ。
 要は見え透いた友情でも成立させて、私を自分に協力させようという事なのだ。
「・・・・・・。そんな、私が友達だといってくれるのが、照れるからといって、そんな素直じゃないこといわなくてもいいのに・・・・・・」
 心底意外そうに彼女はいった。随分とおめでたい奴である。
「正直にいっているんだけれど?」
「素直じゃないわね。本当は私に認めてもらいたいだけでしょう?」
 あなたのことはわかっているのよといわんばかりに、また教え諭す口調で彼女はいう。
 そして、その事を強く肯定しなさいと言外に気配でいっていた。
 が、別に嫌いな女に(びる趣味なんぞ私には毛頭(もうとうないのだ。
 まして、自分にとって害にしかならない女なのならば。
「私はシュウに認められれば、それでいい。別に君を必要とはしてないよ」
 彼女に私は自分の事実をストレートに伝えた。と、
「Dr.SYUは間違っているわ。こんな“作られた人間”を傍に置いておくなんて・・・・・・。私は希少価値(きしょうかちの高い純粋培養(じゅんすいばいようの人間の天才よ・・・・・・。こんな作られた“偽物(ニセモノ”じゃないのに・・・・・・」
 彼女は憎々しげに私を見た。
 彼女はことあるごとに私を“偽物”といい、それを認めさせようとする。
 じゃあ、彼女は“本物”だというのか?
 こんな自意識過剰(じいしきかじょうのヒステリーな女が・・・・・・?
 しかし、毎度の事ながらあっさりと本性を彼女は見せる。相変らず単純な女だ。しかも、これでも、この国を支える科学者の1人なのだから、(なげきたくもなる。
「その“人間”をつくったのは他ならぬ“シュウ”なのだけどね」
 私はあっさりという。彼女はイライラと私を見た。
 自分の思い通りに動かないものだから、ヒステリーを起こしているのだ。
 そして、ガキのように(わめく。
「あんたなんか、シュウの作品じゃなければ、スクラップにしてやってるわよっ!!!」
 彼女はこの国の権力者である。国民の多くが彼女には逆らえない。
 が、私は彼女に逆らえる少数派なのだ。
 それが、彼女が私を憎む原因のひとつでもある。ちなみにどうして私がそれをできるかというと、
「できやしないくせに。シュウに嫌われることが怖いくせに・・・・・・」
 何気ない、けれどもそのとおりの私のセリフに彼女がビクッとする。
 つまり、シュウの存在も少なからず(からんでくるのだ。
 シュウの制作物である私。
 その私は、シュウにとっては“大事なもの”なのだ。
 いくら権力者の彼女とはいえ、私を跪かせるなんてことをさせようものなら、シュウがキレる。
 だから、シュウが好きな彼女は、私に対して権力を持ってしてもどうこうはできない。
 でも、そもそもシュウもこの国の権力者といえばそうだし、私もそれなりに重要度はシュウの関係はなくてもあるので、もともと彼女の好き勝手にできるようなものではないのだけど。
「あんたなんか嫌いよっ!」
 彼女は物分かりの悪いガキの様に喚いた。
 癇癪(かんしゃくをおこす様子に、ただただ呆れてしまう。
「上等だ。私も君が嫌いだ」
 そして、その通りなことを私はいう
。 「嘘っ!! 私が嫌われるわけがないわ。私はあなたと違って“愛されるべき人間”よっ!?」
 で、彼女は大声を張り上げた。
「あなたは嫌われても、私は嫌われるわけはないのよっ!!? どうして、そんなこともわからないのっ!!?」
 毎度のことだが、どうしてこういうことを平然といえるのだろう?
「本当はあなただって、私にいろいろいわれて嬉しいのに、それなのに、そんな風に反抗してるんでしょうっ!? 素直にいい加減なりなさいよっ!? 私にこんなことをいったことに対して罪の意識があるんでしょうっ!? 謝りなさいよっ!? 許してやってもいいからっ!!!」
 本当に随分と御めでたい思考回路である。
 誰が自分に対して、悪意を持った奴に理不尽(りふじんな馬鹿らしいことをいわれて、嬉しがるというのだ?
 ましてや、どうして、そんな奴に謝りたいと思うのだ?
「馬鹿じゃないの?」
 私がいうのは、少なくとも彼女の望むものではない。
 そして、彼女はいつもの通り喚くのだ。
「あんたなんて、ただの“人造人間”のくせにっ!!」
 あっさり、彼女の本性が剥き出しになる。いつもそうだ。ドロドロした思いを誤魔化(ごまかしているつもりだろうが、悪意は隠せない。いつものことながら、わかりきっているパターンだ。
 そして、それをちょっと暴くとすぐにキレて喚くのだ。
 と、彼女が腕を振り上げた。

「いい加減にしろ、MARIA(マリアッ!!」
 そこに派手なスーツを着こなした男がいた。
「あっ、ASATO(アサト・・・・・・」
 私はその男の姿を見て、思わず声が出る。
「よお、アリア。大丈夫かい?」
 アサトが近寄ると、いかにも高そうな香水の少々甘い香がふんわりとした。
「いつものことだ」
 私はあっさりいう。マリアはキマリ悪そうに、
「つい、アリアが生意気(ナマイキなことをいうものだから、ちょっと注意しただけよ・・・・・・。ねえ・・・?」
 といって私にチラッと目配せをする。『余計なことはいうな』といいいたいらしい。
 下らないチョッカイを出してきたのは、そっちだというのに…。 
 彼女のあんまりな自分を正当化する態度に私は呆れてしまう。
 アサトがあらわれた途端(とたんに、嘘のように可愛い女を演じる彼女の変化ぶりは凄いとは思うけど。
 まあ、私を“悪者”だと示したいのだろう。
「一部始終を見ていたけど、とても、そんな温和なものには見えなかったね?」
 ふっと色香のある笑みを浮かべながら、彼はいう。
「俺は、アリアに傷がついちゃ嫌だから、出てきたんだけど?」
 アサトのセリフで、マリアの顔が怒りで真っ赤になる。
「随分とアリアの方を贔屓(ひいきにするのね?」
 他人が自分より優遇されることは、彼女にとってあってはならないことならしい。
 特に、私を自分より優遇することは、彼女の中ではあってはならないことなのだ。
 だから、彼女は私達に疑問も持たず(たしなめるような態度を取る。
「まあね。俺の好みだし」
 が、アサトはマリアのセリフもアッサリと退(しりぞける。で、
「・・・・・・。あんまり、アリアを(いじめるとシュウがキレるぞ・・・・・・」
 で、更に釘を刺すようにいう。
「いっ、苛めてなんか、ねえ・・・? アリア・・・?」
 意味深長な視線を彼女はよこす。
 ああ、うざったい・・・・・・。
 彼女のこの気味の悪いわざとらしい笑顔が不愉快だ。見え透いた仲のいい友人のフリはいい加減にやめてほしい。気味が悪い。
「私からすれば、(まとわりつかれて、迷惑かけられただけだよ」
 で、私はそのままの事実をいう。アサトはケラケラと笑った。
「何よ、それっ!?」
 すると、マリアは更に機嫌を損ねて、面白くなさそうにツンとそっぽを向いて出ていった。
 まあ、いつもの事である。
 私は少し笑って、アサトはケラケラ笑って、成り行きを見守っていたリンクは肩をすくめて、彼女を見送った。

「相変らず、アリアは毒舌家だな」
 アサトはさっきとはうって変わって、何処となく無邪気にいう。
 しかし、屈託(くったくなく笑っていわれるとちょっと困ってしまう。
「シュウに鍛えられたのかな?」
「なるほど」
 アサトは大仰(おおぎょうに感心して(うなづいた。その仕草がなんとなく楽しい。シュウはあんまりしない動きなものだから、ちょっと新鮮に思えるからなのかもしれない。で、
「どうやら、しばらくの間、君には会えそうになくなるみたいだね・・・・・・」
 と、私が手にしていた書類をみて彼はいう。  なんというか、妙なところで目ざとい奴である。
 で、私はいう。
「ああ、1年近くは他の国にいってるよ」
「一年もか・・・・・・。俺は寂しいぞ・・・・・・」
「嘘つき。アサトは彼女が複数いるから大丈夫でしょう?」
 私が笑っていうと、彼は非常に困ったような顔をする。
 派手な外観が効をそうしているのか、アサトには正確にはわからないけれど、恋人やら愛人が結構いたりするのだ。
「仕方がないだろう? 女の子が好きなんだから」
「そうだね。だから、アサトが白衣を着たところなんて、そういえば、全然見ていないわけだし」
 彼は今日も派手なスーツに身を包んで、いい香水の香をさせている。
 ここの国の研究者達は、普段でも白衣や白衣に準じるようなもの(長衣(ローブ等)を着ることが多いので、完全なスーツ姿のアサトは結構目立つタイプなのだ。
「そのうち、アサトが研究者だということを忘れそうだ」
 少しだけ、皮肉っていってやる。
「忘れないでくれ」
 で、彼は色香の漂う目付きでいう。女を口説き慣れた目付きだ。
「女についての研究にマジメな研究者だとは思っているけど?」
 そんなアサトに私はそういってやる。
「相変らず容赦(ようしゃがないな・・・・・・」
ちょっとゲンナリした顔を彼はする。
「そう?」
「そこまで、あからさまにいわれると、口説く気力もなくなる」
 大マジメに彼はいった。
「それは結構」
「本当に容赦がないな」
「そうでもないよ」
「・・・・・・。昔を思い出すよ」
 で、ふと彼はマジメにいう。
「昔?」
「アリアと同じように、俺に容赦なく、ものをいう女の子がいたんだ」
 やけに哀しそうな目を彼はした。その目はシュウとは違う色なのに、何故か、似ているように見えた。なんなのだろう・・・・・・?
「・・・って、まあ、そんな昔のことはいいじゃないか、アリア?」
 アサトはふふっと笑って話題を変えた。
「・・・・・・。そうだね」
 まあ、確かに彼の過去を聞かされても、何か私ができるわけではないのだ。
「そういえば、いつ出発するの?」
 で、気を取り直したようにアサトは聞いてくる。
「多分、3日後には旅立つと思う」
「そうか、じゃあ、餞別(せんべつでも持っていってやろう」
「何かくれるの?」
「まだ、秘密」
「そうなの?」
「まあ、出かけるなら、俺が行くまで、ちょっとばかし待っていろ」
「多分待っていると思うよ」
 私はいった、で更にこういい足した。
「“我侭(わがまま妄想狂(もうそうきょうな女”が来ない限り・・・・・・」
「嫌っているね」
「好きになる方が、難しい」
「まあね」
 彼は否定しなかった。
「体だけなら、いい女だとは思うけどね」
「・・・・・・。いやらしい表現だな」
「そういう意味じゃないんだが・・・・・・」
 ふふっと彼は微かに笑う。
「・・・・・・? そういう意味じゃないの? アサトがいっているのに?」
 私がいうと、彼は大マジメにいう。
「じゃあ、言いなおそう」
「どういう風に?」
「実験材料にするには最適だ」
「なるほどね」
 私は、彼女のプロフィールを思い出す。
 彼女は希少価値の高い人間なのだ。混じり気のない“純粋培養の人間”・・・・・・。
 この世界に10%もいない種類の人間だったりするのだ・・・・・・。
「さて、アリア。俺と時間潰すよりは、とっととシュウのところにいった方がいいんじゃないのかな・・・・・・?」
「そうだな」
 私はその通りだと思った。というわけで、私は管理局から、今度こそ出て行くことにする。
「じゃあね」
「またね・・・・・・」


 しばらくして・・・・・・。

「やっぱり、似ているよな・・・・・・」
 アサトはリンクにいう。
「似ていますね・・・・・・」
 彼女は素直に答えた・・・・・・。


 2日後・・・・・・。

 私は、予定より準備がはやく終ったので、車を走らせて、物置小屋もとい別荘に向かった。
 しかし、予定より、早く来たことを私は後悔する羽目になるのだった。
 行かなかったら更に後悔はしてたのだろうけど・・・・・・。
 


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