−2.DR.SYU <Part2> − 

PASS PORT( 偽りの申請

「あ、そうだ・・・。3日後に来てよ」
 シュウが思い出したようにいった。
「どこへ?」
いつものように、私は答える。
この国の研究都市の中心にあるセントラル・ラボ(巨大中央研究所で、シュウがいう。
LITTLE HOUSE(小さな別荘
 別荘といえば聞こえはいいが、事実をいってしまうのなら、科学や魔学で使う実験道具やら古文書やら、どこぞの遺跡で発見してきたような粘土板(タブレット・・・等が所狭しと放り込まれた物置というところだろうか。
要はまあ、この家は、私達が生活している住居には入りきれないものを保管しているところであり、リフレッシュのために時々来ては、ただ、なんとなく時を過ごす場所でもある。
まあ、物置小屋を心の中でいっているくせに、そこの空間は結構気に入ってたりする。
そこには、“いらないもの”がないからなのかもしれない・・・・・・。
 長期間住むには考えてしまうけれど、短期間そこにいるなら、なかなかいい場所なのだ。

「たまにはリフレッシュというところか?」
「いや・・・、今回は違う・・・・・・」
「あれ、違うの?」
「旅行に行こうと思ってさ・・・・・・」

「ということはLITTLE HOUSEの他にもいくの?」
「行くの」
 そういって、シュウは少し笑った。
「まあ、素直に旅行になんて行かしてくれないだろうから、ちょっとばかり細工をして行ってしまおうと思ってね・・・・・・」
 そういって、少し遠くにある管理局を指差した。
 いろんな手続きやら管理をするための管理局がそこにある。ここで、入国出国のためのパスポートとか許可証も扱っているので、何かと便利ではある。
が、それは、ただ私達がこの国の管理下に支配されているという証明なのかもしれない。
 更にいうなら、この国では研究者は許可がないと、ある一定期間以上、この国以外のところには行けなかったりする。
研究の成果を国の外に流出させないためと、“研究者の保護”ということらしい・・・・・・。
しかし、そうはいっても、シュウも私もよく他の国に研究だといっては、長い間この国を留守にすることもあったので、管理局の人間もほとんどは、あまりいい顔はしない。
 この国ではとりあえず主要な研究者なのだから、そうしょっちゅう出歩くな・・・ということなのである。
でもって、御蔭様であまりにも出歩くことが多いものだから、“普通に旅行”なんぞは、ほぼできないようになってしまったりする。
 が、辛うじて、ここの国ではできない研究があるのだという理由の元、私達は他の国に行くことができるのだ。
要はこの国の利益になることなら許可してやるということなのだろう。
 というわけで、今回も研究旅行と称して、普通に旅行に行くのだろう・・・・・・。

「ところで、いったいどれくらいの間行くの? 私も連れていってくれるんでしょう?」
「そのとおり」
 シュウはいう。
「今回は当分の間帰ってこないつもり」
「どのくらい?」
「・・・・・・。1年ぐらいは軽く」
「随分長い旅行だね」
「だから、普通の旅行ですら、許可してくれない管理局がいい顔はしないだろう?」
「恐らく許可は下りないだろうな」
「だから、例のごとく僕とアリアにしかできないだろう"研究"をでっち上げる」
「で、管理局は仕方なしに承諾すると?」
「この国の利益になるようなものだったら、許可を出す・・・・・・。それがここ特有の暗黙のルールだ」
 シュウはにべにもなくいう。
「なるほど。でも大丈夫かな?」
「多分平気だろう・・・」
「そうかな」
「アリアが手続きしてくれるならね」
 私はそのセリフを聞いて苦笑するしかなかった。

そこには、シュウの“天敵”がいることが多い。
といっても、私にとっても天敵なのだけれど・・・・・・。
まあ、強引に平和的な表現を使うなら、“苦手な人間”というべきか・・・・・・。


管理局・・・・・・

「またですかあっ!?」
やはり、管理局の受付に行って書類を提出すると、いい顔はされなかった。
そこにいた私よりは大人っぽい女が大きな溜息を吐く。
彼女にいつものように私は少しだけ笑っていう。
「シュウの研究はハードなのだから、仕方がないでしょう?」
「それはわかっていますけどね・・・・・・」
 彼女は、私とシュウの出国許可申請の書類を見ていう。
「無理矢理この国で研究を済まして、この国の壊滅(かいめつを招いてもいいなら、早速そうするようにシュウにもいっておくけど・・・・・・?」
「やめてください」
 管理局では事務次官を務めるそれなりに偉い彼女だが、私がちょっと脅すようなことをいうと、非常に困ったような顔をする。
「Dr.SYUとARIAの研究者両名が優秀な研究者だというのは良くわかっていますけどね。二人がこの国から出たその後、私達が苦労するんですよ・・・・・・」
思いっきり彼女は溜息を吐く。
「いいたいことはわかるけどね」
「まあ、“上”からも多少はいわれますけどね。それはいいんですよ。こちらも一応仕事ですからね・・・・・・」
そういう彼女は何気にエリートな魔学者だったりする。
が、どうやら、最近は魔学にも関係はあるけれど、心理学の方に興味があるらしく、この管理局から見た人間達を観察しては、独自の理論を確立させつつあるらしい。
気が付けば、心理学者であり、この国というか管理局のカウンセラーとも化している。
そういう点を考えると、私も案外、彼女の研究材料なのかもしれない。
「でも、困ったトラブルメーカーがここには来ますから・・・・・・」
 ふうと彼女は深い溜息を吐く。
「ああいうタイプの人間って嫌いなんですけどね」
きっぱりと容赦(ようしゃなく彼女はいう。
「・・・・・・」
 でも、彼女のいいたい事はよくわかる。
 それは、私にとっても、“天敵”なのだから。
「あれでも、“希少価値の高い人間”だとは思いますけどね・・・・・・」
「あれもシュウとは違ったいみで天才だとは思うよ」
「それは認めますけどね。残念ながら・・・・・・」
 彼女は遠慮(えんりょの無い笑みでいう。
「でも、私はRINK(リンクも天才だと思うよ」
リンクとは彼女の名前である。
「・・・・・・。ありがとう」
彼女は意外そうな顔をしながら礼をいう。
「いや、そう思う。シュウもいってたよ」
「Dr.SYUが・・・・・・?」
ますます彼女は意外そうな顔をする。
「うん、あいつはナルシストだけれど、人の才能はちゃんと見分けるんだよ」
「・・・・・・。容赦なくDr.SYUをそんな風にいえるのはアリアだけですね」
「そうか?」
「他の人間が同じようにいったら、間違いなく息の根止められますよ」
「・・・・・・。そこまで、冷酷無慈悲(れいこくむじひでもないと思うが・・・・・・?」
いくらなんでも、そこまではシュウはしないと思う。
「アリアには特別優しいんです」
が、リンクはキッパリという。
「そうなの?」
「自覚症状ありませんね」
 呆れたように彼女はいう。そんなことはないと思うが・・・。
「あの日以来、彼は心を閉ざして生きているんですよ」
 で、彼女は“遠い過去”をふと見るような目をしていった。

「あの日ね・・・・・・」

 それを聞いて、実は聞きたくないセリフを聞いてしまったと思った。何故なら、このセリフの後にいった本人はどうだかしらないけれど、私は自分の存在を多少なりとも考えたくはなくても考えさせられることになるからだ。

「もともと、人間に対して信じるってことをしない人間だったんですけどね・・・」
彼女はごくごく自然に語りだす。
 そして、私は自然にそれを聞く。
 私の知らない随分昔のシュウを、彼女は知っている。そんなことを自動的に私は再認識しながら。
 そんなことを聞くのは好きではないはずなのだけれど、シュウの過去関係のことは、結局聞きたくなってしまう。
 多分、シュウが昔のことをあんまり話してくれないからだと思う。
「アリアは、あの頃のDr.SYUにも恐ろしいぐらい似ていますよ」
リンクは私を見ながらいう。
「・・・・・・。そりゃあ、製作者がシュウだし・・・・・・。最作者の性格が伝導(ロードされる例はいくらでもあるだろう?」
私は無難な一般論を軽くいう。と、
「まあ、そうかもしれませんがね・・・・・・。でも、不思議なのは、そのDr.SYUが、かつての科学者に似てきたんですよ」
彼女は大真面目な顔をしていう。私は彼女のいったことに正直にいって少し驚いた。
「私の“モデル”になった科学者のことをいってるの?」
「ええ」
彼女はやっぱり大真面目な顔していった。

リンクがいっている“かつての科学者”というのは、シュウの恋人だった科学者のことである。私はこの彼女のデータを元に、シュウに作られたのだ。
 シュウは、彼女に相当未練(執着?)があったらしく、私をその彼女にカナリのLEVEL(レベルで似せて作った。
 彼女を直接見たわけではないが、私の姿は少なくとも彼女に結構似ているらしい。
 何故、直接私が見たことがないかというと、彼女は随分と昔に既に故人になってしまっているのだ。
 したがって、会いようがない。
 でも、私がシュウの彼女に似ているというのは、よくいわれる(それと同じぐらい“シュウに似ているといわれる”ことも少なくはないのだが)。
 が、“シュウ”がその“かつての彼女”に似ているってのは、まず聞かない。
 どういう意味でリンクはいっているのだ・・・・・・?

 それはさておき・・・、私はリンクにいう。
「でも、おそらく純粋なその彼女のモデルでは、私はないね。思考パターンやら、肉体構造とか・・・、確かに彼女と似てはいるけれど・・・。どちらかというと、私はシュウは“かっての自分(シュウ自身”を“私”に再生させたのじゃないかなっていう気はする。根拠はないんだけどね」
なんとなくだが、日常生活のパターンやら研究についての構想やら考察やら・・・、いっていくとキリはないが、私の動きというか行動パターンは妙にシュウに似ていると思うのだ。
「・・・・・・。世間はそう見てはいませんよ」
 でも、そういうリンクのいいたいことはわかる。
「“かっての自分”の恋人を再生したんだって話でしょう?」
 だから、私はにべにもなくいう。
 世間・・・というか、この国では、“私の存在”はシュウが“死んだ彼女の代わり”に作成したものだと思われているのだ。まあ、外れてはいないとは思うが。
「でも、姿は似ていても、その彼女とは意外に私は似ていない?」
「そうなんですよね…」
 私がシュウに“作られた人間”だという事と、“かつてのシュウの恋人”を知っているリンクは答える。
「悪いね、似てなくて」
 私はちょっと茶化すようにいう。
「いや、似てないというとまた、妙なところで似てたりするんです・・・・・・」
「・・・・・・。案外、人からはそういわれる」
 私は、ふうと溜息を吐く。

「個人的にDr.SYUは、あなたを“かっての自分”にすることによって、自分を“かっての彼女”にしたかったのかもしれないと思うんです・・・・・・」
ふと、リンクは(つぶやくようにいう。
「それは心理学者としてのリンクの意見?」
思わず私は聞いてみる。
「そうですね・・・」
彼女は否定しない。だから、いってみる。
「だとしたら、もしそれだとしたら、シュウは何故わざわざそんなことしたんだろう?」
「わざと、そうしたと?」
「そう思う・・・・・・。なんでかは知らないけれど」
 彼女は少しばかり驚いたように私を見た。
 で、私はいう。
「だから、私は“かっての彼女”にもなれない、かといって完全には、“まったく別人”にもなれないという状態なんだと思う」
「それが嫌・・・・・・?」
「いや・・・ではないと思う・・・。ただ・・・」
 私は言葉を考える。
「ただ、不安なだけだと思う」
「不安・・・ねえ。なんというか、興味深いデータになりそうですね」
「勝手にすればいい」
「勿論しますよ。こんくらいのことはさせてもらえないと、ワリがあいませんから」
 彼女はふふっと笑った。
「かなわないな」
 素直にそう思う。
「姉さんには負けますよ」
 彼女はふふっとちょっと困ったような笑った顔する。
RAN(ランか・・・・・・」
 ランは彼女の姉である。かつて、そのシュウの彼女とも仲がよかったらしい。が、あまりこの国にいることはない。
 いつも何処かの国にいることが多い。
 そういえば、彼女とは3回ぐらいしか会ったことはない。
「姉さんはいろんな国を飛び回っていますからね。こんな長い研究旅行の最中には嫌でもあえると思いますよ」
「そうだね・・・・・・。ってことは許可してくれるんだ?」
「ええ、いい研究結果がでることを期待していますわ」
「ありがとう。恩にきるよ」
 彼女は恐らく気付いている。本当は研究旅行じゃないことぐらい・・・・・・。
 それでも彼女は、許可を下してくれるのだ。
「フォローよろしく」
「ちょっと大変ですけどね」
彼女は苦笑する。それをいわれると済まないなとは思う。
「で、これから、どうするんです・・・?」
 と、リンクはふふっと楽しそうに聞いてきた。
「ある程度、まず支度してから、別荘というか物置小屋に行こうと思うって・・・。3日後にはそこに来いっていわれているからね」
「Dr.SYUの世話も大変ね」
「結構コキ使われているんだよ」
「でも、楽しいんでしょ?」
「まあね・・・・・・」
 そうなのだ。心理学者だけあって、彼女は鋭いなと思う・・・。
「さてと・・・・・・。これが出国手続き許可証・・・。で、渡航許可証明書(Pass Portも申請完了しましたからね」
 彼女は書類を一まとめにしてくれた。しゃべりながら、テキパキ仕事をこなすのだから、なんというか器用な人間である。
「ありがとう」
「・・・・・・。はやく行ってしまったほうがいいですよ。“天敵”が来ますよ」
 と彼女がいう。ふと見れば、あまり見たくない女の顔が少し遠くに見える。
「そうだね」
「いってらっしゃい。アリア・・・。で、御土産よろしくね」
「了解」
私はまとめてもらった書類を手にすると、管理局を出ようとした・・・・・・。



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