U.GREEN WING
       − 1 .記憶 <Part2>− 


― ・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・・・・。 ―
 
 自分が眠りについたということは、漠然(ばくぜん)とはしていても認識することはできた。

「・・・・・・。誰・・・?」

 誰かが私に語りかけた。だから、私は振り向いた。

 夢の中だというのはわかった。
 そして、自分の存在ともうひとつ自分のもの凄く近くに気配があるのもわかった。

 けれども、そこは、暗くないはずなのに。自分の姿さえ見えなかった。
 更にいうなら、もの凄く近くにあるはずの者の姿も見えなかった。
 けれども、そこは闇の中ではない。
 ほんの少しだけ薄暗い。つまり、明るさを認識することはできるのだ。だが、それならば、少なくとも自分の姿を見ることはできるはずなのに、ここの空間では不可能だった。
 自分の体が見えないのだ。ここに自分の体があるという認識はあるのに、どうにも変な感覚である。

― ・・・・・・。 ・・・・・・。 ・・・・・・。 ―
 
 また、微かに声がした。やはり、とてつもなく近い場所のようだった。

「どこ?」

 微かな声だというのに、どうにも強く自分を呼んでいるらしい。
 別に探す必要はないのかもしれないが、相手の姿が見えないだけに(自分の姿も見えないが)気になってしまう。

 気配は物凄く近いのに、それこそ異様に近いはずなのに姿が見えないというのが、どうにも不安を煽る気がした。
 更にいうなら、通常とは違い、自分の体には確かに感覚もあるはずなのに、自分の体が見えないのだ。視覚で感じられない分、段々自分の体の感覚もどうにも不確かなものになって、おかしくなっていくのだ。
 見えるはずのものが見えない。その事実が自分の存在が危うくさせていく。
 自分が見えない事が、じわりじわりと自分の存在を消していくような錯覚(さっかく)すら感じてしまう。

 更にいうなら、地面であるはずの場所も、同じように広がっているのだ。上下左右すべてが、同じ明るさ(薄暗さ)で、同じ色彩で境目(さかいめ)というものが存在していないように、見えるのだ。
 地面を踏んでいる感覚はあるのだから、そこは地面なのだろう。だが、どこを見ても同じ明るさ色彩というのは、空間を認識する感覚を段々失わせる。
 先程から、実を言えば、多少は歩いていた。しかし、あまりにも地面も空間も同じ調子で、区別がつかないのだ。
 だから、実際は歩いているはずなのに、際限なく落ちているような気分にもなるし、際限なく上へと浮かんでいるような気分にもなる。そうなってくると、地面であるはずの場所を歩いているのに、私の体は感覚がおかしくなってきて、得体の知れない浮遊感を感じるようになってきた。確かだったはずの認識力が頼りないものとなる。

 目を開いているはずなのに、何も見えないただの薄暗い世界…。

 どこまでも広がっているようにも見え、あるいは閉じ込められているような空間にも感じた。
 そして、自分の姿が見えない分、段々とえらく自分の存在が希薄になってきて、落ち着くものではなくなってきた。

「本当に、誰…? 私を呼ぶのは…?」

 私は、感じることだけはできる存在に向かって話しかける。
 このさいだから、何か視覚で認識するものがなんでもいいからほしかった。
 暗くもないのに、何も見えない空間というのは、不安定なことこのうえない。
 不安は感じるものでも、今は得体の知れない存在でも、少しだけは(すが)りたい気分がした。
 少なくとも、視覚で“何かがある”と認識することができれば、この不安定な感覚は解消される。仮にそれが危険な状態に陥るとしても。

<私は“あなた”だけど?>

 と、予想もしない声がした。
 唐突に“自分の声”が聞こえたのだ。自分では発したはずなどないはずなのに。

「私?」

 愕然とする。私が私に話しかけている? ありえるわけはない。
 でも、確かに私の声である。

<そう、そして、あなたは私・・・・・・>

「・・・・・・?」

<もっと、わかりやすくいうと、BLUE SKY(ブルースカイ)ってところかな?>

「BULE SKY?」

<そう、BLUE SKY>

「“目”が話しているわけ?」

自分の目が相手では、いくら近くにいて、自分の目で探そうとしても無理な話である。
どうやら、姿の見えない相手は、正しくいうなら、近くにいすぎて見ることが出来なかったということらしい。
それにしても、自分の目に話しかけられるという事態は奇妙でしかない。

<BLUE SKYが単なる“目”じゃないことは知っているだろう?>

 確かに、BLUE SKYがいう通り、BLUE SKYは“ただの目”ではない。
 シュウの作った作品、BLUE SKY…。
 私が生まれた時に、そして、シュウが死んだ時に、鮮やかな空色になった私の目…。

<シュウが殺された。だから、封印が解けた>

 私の声が、私の目から聞こえる。

「封印?」

<シュウの願いを叶えるためのものが目覚めた>

「目覚めた?」

<そして、シュウを生き返らせる手段も発動し始めた>

<といっても、まだわからないだろうけど・・・・・・>
 どこか茶化すような響きは微かにシュウに似ている気もした。

「わかるわけがない」
 正直な感想。私にわかっているのは、シュウが死んだ事。
 そして、私の目であり、シュウの作品でもあるBLUE SKYが私を導いてくれるらしい“鍵(かぎ)”だということぐらいだ。

<私はあなたにやり方を教えることができる。ただし、あなたがそれを拒否することをしたって構わないのだけど>
 どこか、挑発的なものいいだった。そして、それはシュウの死様を否応なしにおもいださせる。

― 君が僕を裁けばいいんだよ・・・・・・。
― 僕に永遠の死を与えたくなったら、“死”を・・・・・・。
― 生き返らせることを望むなら、“生”を与えればいい・・・・・・。

「だったら、まずはシュウを生き返らす方法を教えて」

 自分の目に頼むのも変な話である。しかし、そんなことはいってられない。
 私がシュウの(よみがえ)りを望んでいることも、そして、BLUE SKYが何かを握っているのは確かなのだ。

<そのつもりだよ>

「なら、教えて」

<勿論、教えるよ。そのための存在なのだから>

「そのため?」

<さしずめ、私はあなたを導くナビゲーターだ>

「じゃあ、私はあなたに操られる操り人形みたいなものなの、BLUE SKY?」

<そうなると、私もあなたに操られる操り人形だ。私もシュウの作品なのだから>

「…。確かに私にしろBULE SKYにしろ、シュウの作品だな」


 そう、シュウに作られた“人間”と“その人間の目”。どちらにしろ、シュウの作品である。

「BLUE SKYって何なの? シュウが作った目なのだから、ただの目じゃないことはイヤでもわかるけど」

 私はBLUE SKYに問い掛ける。自分の目に向かって話すというのも妙な話なのだが。と、

<……。実をいうと、BULE SKYを作ったのはシュウだ。けれど、完成させたのは元々は別の人間だ。そのうち明らかにはなるけれど>
 
「別の人間?」

 シュウのオリジナルじゃなかったのか…? 
というより、シュウ以外でBLUE SKYを作れる存在がいるのだろうか……?
 唐突にBLUE SKYが、いったことに、私は少なからず驚いた。

<あなたがよく知っている人間…>

「?」

<記憶が解放されていけば、やがてはわかる…>

「解放?」

 BULE SKYはいう。
<私はあなたの記憶。それを少しづつ解放していくようにもできている・・・>

「記憶の解放?」

<告げる時は今ではない・・・・・・>
 だが、BULE SKYは拒否をする。

「今は駄目なの?」

<駄目。シュウとの約束だから。そして、あなたとも昔約束したのだから>

「私とも?」

<憶えてはいないだろう。それに、私もまだ“BLUE SKY”じゃなかったし、あなたも“ARIA(アリア)”じゃなかった頃だ・・・・・・>

「ARIAじゃなかったときの私?」

<そう>

 まるでわからない謎。ARIAでない私? 何のこと? 私はARIA以外の何者でもないはずだ。

<まあ、そのうち嫌でも、思い出すし、こちらも記憶を解放させる・・・・・・>

「なんだか、ややこしい事になりそうだな・・・・・・」

<恐らく正解・・・・・・>

「シュウみたいな事をいうね・・・・・・?」

<“BLUE SKY”はある意味シュウだ。 そして、あなたも>

「シュウ・・・・・・」

<さてと・・・・・・。とりあえず、話せるところはこのぐらいだ>

「BLUE SKY?」

<そのうち、その呼び名も変わるだろう>

「?」

<それが、わかるころには、カナリのことがわかってくるだろう>
 BLUE SKYは少し切なげに微笑んだと思う。
 相手は私の目なので、そう感じたといったほうが、正しいのかもしれないが。

<ARIA・・・・・・>

 ・
 ・
 ・

私の意識は休息に遠のいた・・・・・・。

 BLUE SKY・・・・・・。あなたは何者・・・・・・?
 恐らく、すべてを知る者なのだろうけど・・・・・・。
 そして、私は、恐らく何も知らないのだ・・・・・・。何も・・・・・・。
 それこそ、何も・・・・・・。

 何も、私は知らない・・・・・・。



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