2.嵐を呼ぶ、猫又(ねこまた)と実質的部長!!? その2

「お前、何企んでいる?」
 怪訝(けげん)そうに彼女は私を見た。

 私はちらっと彼女を見て答える。
「簡単なことだ。去年の劇の脚本がないと困るということを相手は知っていて、この脚本やデータを取ったわけだ。だったら、折角取ったそれよりも、こっちにいい脚本があって、何も困っていない。それどころか、むしろ好調に進んでいるというのを見せ付けたらどう思うかな?」
「あの部長のことだから結構悔しがるとは思うが…」
 速水ちゃんはアッサリ答える
「なるほど。だったら、部長のやったことが何もダメージをもたらさなかったと爽やかにPRしてやるだけでも相手には悔しさを与えられるかな? 自分の企みがうまくいかなかったと思い知らされるわけだからな…」
「そうだな…。というか、具体的には何やるんだ?」
 と速水ちゃんはいう。
「まずは、部長へのメールの返事に脚本の新作発表の御案内として、こちらの順調にいっている様子なんかを慇懃無礼(いんぎんぶれい)に楽しく書いてやれ。どうせ、新作発表は私がある程度脚本を書き終わったらやるだろう?」
 新作発表をそれなりにやるというのが、この演劇部のやり方だったりする。だったらそれを利用しないでどーするというものだ。
「まあな…。しかし、部長にケンカ売ってるな…」
「当たり前だ」
「おいっ」
「というか売らんでどーすんだよっ」
 が、速水ちゃんに私はあくまでしれっとしていう。
「こんな脚本係と駆け落ちだかなんだかよくは知らんけど、そんなことをやって脚本を根こそぎもっていくような奴だぞ? そんな奴に遠慮してどーすんだよ」
 少なくともそんな奴らに対して大事にしてやろうという発想は思いつかない。
 思いつくわけがない。
「まあな…」
「オマケに相手が堂々と私らの敵だと宣言しているようなもんだろう? 遠慮して喧嘩も売らないなんて失礼だと思わないか?」
 で、更に私は彼女にいってやる。
「とりあえず、いっとくけど私はその部長と脚本係をツブすつもりだぞ」
 そんな奴らを許すつもりは毛頭なかった。それこそ、まったく…。
「お前、随分怒っているなあ…」
 彼女は私を若干驚いたように見る。
「こんなバカげた事に怒るなってほうが無理難題だと思うね…」
 が、私はあくまで静かにいう。
「あの脚本は私の作品でもあるけど、この演劇部のものでもある。まあ、どちらにしろ、部長と脚本係のモノではないんだよ。なのに奴らは自分のものだといわんばかりに図々しく持っていったんだぞ。許せないね」
「神崎のいうのはもっともだな」
「まあ、人の作品を自分のものだというような事をやられたら、相手が誰だろうが、少なくとも私はキレるよ、本気でね…。私は温和に見えるかもしれないが、意外とそういうことに関してはシビアだと思う」
「お前が温和かどうかは物凄い疑問だが、創作に関しては何かと厳しいというのは事実だな…」
「おいこら」
 …。何気に喧嘩を売っている奴である。
 が、まあ、それはそうとして私はいう。
「とりあえず、何にしろいい作品を作りたいわけなんだから、多少は厳しくなるのは普通だと思うけど? 創作大好き人間とはそういうものだと思う」
「でも、お前の場合厳しすぎるという噂だぞ?」
 速水ちゃんは笑っていう。
「そう? かなりマダマダ甘いレベルだと思うぞ」
 私はあくまで偉そうにいった。
「でもなあ、脚本作成を頼んでおいていうのもなんだが、何気にビビる時があるぞ?」
 彼女は大真面目にいう。
「でも、ツメの甘いしょうもない脚本なんて、君達だっていらないでしょう?」
 私はフフンとしていい返した。
「…。そのとおりだな」
 速水ちゃんはそれを肯定するとニヤっとした。

「とりあえず、部長が去っていってくれたおかげで、順調な状態の演劇部になりました…ってことを親切に教えてあげるのは当然じゃない? こちらは悔しい思いをさせられたわけなのだし」
 私はシレっとして答えた。
「そうだな、お前は特にやられたらやり返せな人間だしな」
 と速水ちゃんはえらく納得した顔をする。
「私の心はハムラビ法だもの」
 あっさりと私はいう。少なくとも私はやられっぱなして何もしない人間ではないつもりだ。ましてや、無意味に我慢してしおらしく耐えてやろうという、相手に都合のいい人間を演じる趣味はないのだ。
「目には目を、歯には歯を…、か…」
「それにできればプラスαだけどな」
「お前のプラスαって、物騒な気がしてならないな」
「そうか? まあ、私に喧嘩売った時点でそのくらいは覚悟してもらわないと、おもしろくはないと思わないか?」
「…。お前ねえ……」
 呆れたように速水ちゃんはぼやくが、私はともかくいう
「まあ、それはさておき…。残念ながら、まだ部長達にトドメをさすのは無理があるな…」
「何でだ?」
 で、彼女は呑気に聞いてきた…。
「こちらも体制が全然できてないだろーがっ!!!」
「あっ、そうか…」
 私は若干この速水ちゃんを殴りたくなった。
 こいつはカリスマ演劇部長といわれているくせに、時々妙に抜けている時があるのだ…。
「ったく、そもそも脚本すらもできてないぞ…」
 そんな状態で部長達にトドメさすほど気合入れてど〜するのだ、まったく…。
 演劇祭放棄する気か…。
一応、演劇祭のための脚本を私に書かしているのに、そんな部長達へトドメさすための方に頑張ってどーするのだ…? 本末転倒というものだ
「まあ、それはともかく、たとえば、この演劇部が早期のうちに脚本ができて着々と進んでいるというアピールができたら、他の演劇部も多少焦っていいかもな…」
 私は気を取り直していう。が、彼女はちょっと反論した。
「それって目を付けられないか?」
「計画のうちだよ。宣伝効果と焦らす効果が多少は期待できる」
 私はニヤッとしていいかえす。
「力の差を見せ付けてやるのもひとつだと思うしな」
「なるほど」
 速水ちゃんに私は更にいう。
「まあ、通常の部活動にちょっと一手間加えるレベルだし、今のところ、そのくらいならできるだろう?」
「なんか、そういわれると、一気にが〜っと殴りこみでもやりたい気にもなるんだが……」
 が、彼女はちょっと物騒なことをいう。
「そんなにやりたいなら、ひとりで他の演劇部に殴りこみにでもいけ。私は遠くで見守ってやるぞ」
 だから、私は冷静に答えた。
「…お前、ちょっと冷たいぞ」
 速水ちゃんはちょっとイジけたようにいう。おいこら、私にまで殴りこみに行かせるつもりか?
 私はこの演劇部に脚本を提供するという協力はしても、速水ちゃんの殴りこみに付き合ってやる気はないのだ。それこそ、まったくいない。
「まあ、それはともかく…、計画は安全確実高利回りだ。そして、楽しいことは後に残しておきたいんでね。体制も整ってないのに一気に何かやろうという暴挙はリスクが高すぎる」
「変なところで計画的だな…」
 感心したように速水ちゃんはいう。私は溜息を吐いた。
「…。君が果てしなく傍若無人に大爆走しているのを見ているからな……。だから、そういういう機能が多少は付いたんだろうな」
「…。お前って、本当にいいたいほうだいな奴だよな……」
 彼女はゲンナリしていった。
 おいこら。…。私は正直いってコイツにはいわれたくないと思った……。
 彼女よりは少なくとも、私はおとなしい人間だ…。

 しばらくして…。

「しかし、マジで、お前は仕事が速いな・・・・・・。やっぱり演劇部に入らない?」
 速水ちゃんはパソコンの前で脚本を作成し続ける私に演劇部の勧誘をする。
「入らないよ。だって、これ以上兼部したくないし」
 ちなみに私は文芸部に入っているが、イラスト部と美術部にも入ってたりする。もっとも個人プレーな部活なので兼部といってもそれほど大変でもないし、結構楽しいのだ。
 が、演劇部も更に兼部できるかといわれると、流石にツライ。
 多少好きだからといったて、限度がある。しかも、この演劇部なのだ…
「いっそのこと、他の部やめて、ここに入ってくれるっていうのがBESTなんだかなあ・・・。そればっかりは強制できないからね」
 私の心の中なんぞ関係なく速水ちゃんは無茶苦茶なことを更にいう。
「したら、友情関係は崩壊だな」
 にこりともしないで私はアッサリいう。
「わかっている。そんな暴挙はしないよ。それに、あたしだってマダマダ命は惜しいしな」
「…。お前なあ、人をなんだと思っているんだ…」
 あんまりなことをいう奴である。
「まあ、それは冗談だとして、御互い兼業しているようなところもあるしな。流石に無理はいえませんて…」
 で、彼女は楽しそうに軽く笑った。
 ちなみに速水ちゃんは実は時々テニス部にいっていたりしている。演劇部だけでも十分へろへろになりそうなものなのによくできるものである。
 一体、こいつの体力はどうなっているのだろう?
 そう思わせる速水ちゃんは、現在プリントされている最中の脚本の原稿をおとなしく待っている。こうしているぶんには彼女はおとなしい。
「しかし、本当にお前って器用だよなあ・・・・・・」
 と、唐突に速水ちゃんは関心したようにいう。
「そうか・・・?」
「一気に複数の作品作るだろう?」
「作りたいものが複数あるからな。ひとつひとつ本当は丁寧にやりたいってものもあるけどね・・・・・・。でも、それやると、他の作品のイメージとかが頭の中で消えちゃいそうな気がしてね。忘れない内にある程度形にしちゃいたいのさ・・・・・・」
 私は多少考えながらそう答えた。
「ようわからんが、脚本書いてるかと思えば、CG描いてるし、イラスト描いてるし、油絵やら水彩画やら、いろいろやってるんだよなあって思う」
「好きだからねえ」
「にしたって、よく腱鞘炎(けんしょうえん)にならないなあ」
「鍛えているもの」
「どー鍛えているんだか・・・・・・・」
「・・・・・・。手をよく動かすようにしているし、ハーブ入りのお湯や水とかに手を入れているしな」
「効くのか、それ?」
 と速水ちゃん。
「ハーブは意外といいぞ。水の場合冷たさが感覚を敏感にしてくれるし、休ませる時は逆に暖かい御湯で血行促進だしな」
「う〜ん、なんだかなあ」
「まあ、別に他の人が効くかどうかは知らんよ」
「そりゃあな・・・。しかし、ホントお前が脚本を書いてくれて助かるぞ。脚本があるとないとじゃ違うからな」
 そういって、出来上がってプリントアウトされた脚本の原稿を手に取ると、おもむろに見始めた。
「ちゃんと、新しい脚本も書くんでお楽しみに♪」
「悪いな」
 すまなそうに速水ちゃんはいう。
「いや・・・。こちらとしては修行のひとつみたいなものだから、別に気にしなくていいよ。そういう事をいってしまうなら、私の方が君らを利用しているのかもしれない気がする」
「とりあえず、私が助かっているから別に問題はない」
 キッパリと速水ちゃんはいう。どうやら彼女は結果重視型な人間のようだ。

「ところで、速水ちゃん」
「なんだ?」
 私はふと、思いっきり疑問になっていたことを聞いてみた。
「この、机の上は一体・・・・・・?」
 私はパソコンディスクの隣りに置いてある机を見る。正しくいうなら、机の上に置いてある“大量のもの”である。
「私が脚本書こうとした時には、私は確かこの上にポカリスエットの500MLのペットボトルを1本置いといたはずなんだが・・・・・・」
「ちゃんとあるだろ?」
 私は基本的に学校のコンピュータ室以外でパソコンを使う時は、近くの机の上にペットボトルとか、ともかくワリと大量の水分を用意しておくのだ。
「確かにあるんだが…。ここまで大量に水分を用意した記憶はないんだが…」
「水分以外にもいろいろあるぞ」
 速水ちゃんは、すっこーんとのたまう。
「この、供え物といわんばかりに、飲み物や食べ物やらが置いてある状態は一体・・・・・・」
 そうである。机の上には所狭しと、大量に飲み物や食べ物が置いてあるのだ。
「ああ、それかあ・・・・・・。それはお前への捧げモノだ」
 そういって、速水ちゃんは、その捧げモノの中にあったホコホコに温かい、タコ焼をむしゃむしゃと食べている。もっとも彼女はカナリの猫舌なので、ちゃんとしっかりさましているだろうけど。
「故人になってしまった気がするぞ…」
 思わずそういいたくもなる。何故なら、その様子は事故現場に供えられた大量のものの図と化しているようなものである。ただ、花がないだけというか・・・。
「そ〜いう、表現するかあっ!?」
 速水ちゃんは心底呆れたように私を見た。
「みんな、お前が頑張っているなあということで、差し入れというやつで持ってきたんだぞ・・・・・・」
「私、流石にこんなに食べれない・・・・・・」
 大量の食料を見て私は溜息を吐く。よくよく見てみると机の下にもいろいろとあったりする。
「だから、私がこ〜して食べてるんだろうが・・・・・・」
 そういって彼女はぱくっとタコ焼きをまた食べる。
「速水ちゃん、それは激しく問題が違ってると思う・・・・・・」
「えっ!? でも、お前タコ焼は食べれなかっただろ?」
「確かにそうなんだけど・・・・・・」
 私はタコ焼きが確かに食べれないのだ。理由は簡単、ただ単にタコが嫌いなのだ。したがって、タコを抜かせばタコ焼きも食べれるのではある。
 でも、それにしたって、速水ちゃん…。私はいろんな意味で呆れながらいう。
「ところで、速水ちゃんの行動はともかくとして…。一体、誰がこんな大量の差し入れというか捧げモノを持ってきてくれたんだか・・・・・・」
 私はじ〜っと大量なそれを見つめる。
「とりあえず、いっておくとこれは1人がこんなに持ってきたわけじゃないぞ。ひとりひとりが各自で持ってきたんだ。つまり、ひとりの量は大したものじゃなかったんだけど、それがたまりにたまって、こ〜なっちゃったんだが・・・・・・」
「えっ!!?」
(ちり)も積もれば山となる・・・ってことだな」
 速水ちゃんは何でもないことのようにいうと、ペロリとタコ焼を平らげる。で、
「お前、意外と人気者だな・・・」
 ちょっと嫌味ったらしく速水ちゃんは笑った。
「君には負けるよ」
 だから、私はそう返した。本当に速水ちゃんは人気者なのである。
 やっぱり男の子っぽくて、頼りがいのありそうな女の子っていうのはポイントが高いのだろうと思う。結構フレンドリーで怖いもの知らずというのも何気に人気の高さに貢献しているのだろうとも思う。
 ついでにいうと、速水ちゃんの親衛隊(!?)というか、ファンクラブみたいなものもいるみたいである。
詳しくは知らないけれど・・・・・・。
 ちなみに私は速水ちゃんの親衛隊ではない。別に入る気もない。というか、入ってどうするというものだ。
 そんなわけで、私は親衛隊の皆様には睨まれているかもしれないと思う。何故なら、私はワリと速水ちゃんと一緒にいることが多いからである。親衛隊でもないのに一緒にいることが多いのだから、彼女らからすれば、あまり面白くない存在なのかもしれない。
 まあ、それでも、私に喧嘩売ったら、ロクでもない事にはなるだろうとわかっているらしく、比較的大人しくしているようだ。

 しかし、現在の問題は親衛隊やらファンクラブのことではない。
 この大量の捧げモノといわんばかりの差し入れなのだ……。
 




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