3.見える敵と見えない敵 その1
(バレてもバレなくても不味ければ、部内のトラブルと扱われても扱われなくても不利か…。えらく、ややこしいことになったな…)
正直にいってそう思った。例の速水ちゃん率いる演劇部の困った問題である。
ロクでもない人間のおこしたロクでもない問題によって、演劇部は理不尽な思いをしているのだから、腹立たしいのである。
だいたい脚本を元部長と元脚本係が根こそぎ脚本を持っていってしまったというあたりで、既に無茶苦茶である。それに更にいうなら、私は自分の作品を持っていかれてしまったことにもなるのだ。腹が立つったらありゃしない。
脚本のデータはちゃんとコピーを取ってはいたから、まだ良かったものの、だからといって、その二人を許せるわけではない。
そんなことをやる奴を許してやるほど、私の気前はよくはない…。
「じゃあ、どうするべきだろうか…?」
が、問題はそうアッサリとは解決はできないようである…。
例えば、まず“訴える”とする。まあ、こちらの訴えを無理矢理に無視をすることはないだろう。
でも、こんな事をする奴はとんでもないというので、顧問やら学校に訴えるというわけにはいかないのだ。訴えたのなら、その元部長と脚本係に罰を与えることはできるかもしれない。
が、こんなトラブル起きるような部活は活動停止だ…ということになる可能性が高いのだ。
こんなことのためにこの演劇部が廃部になったらシャレにならない。
が、訴えて廃部にならないですむ可能性も少しはある。
しかし、それはそれで困ったことになるのだ。つまり、実は元部長と脚本係は何も悪いことはしていない、トラブルといったって大したことではないということになってしまうかもしれないのだ。要は無罪放免である。
どういうことかというと、演劇部には演劇部の規則があるのだ。で、それに則っていくと、こいつらは実は部活の規則には違反していないということもいえてしまうのだ。
詳しく言うと、規則では部長と脚本係は脚本の管理する権限があるのだ。
そのため、演劇部に在籍している間は、脚本をどう管理しようがその2人に一任されてしまっているのだ。
でもって、元部長ともと脚本係はそれを逆手にとって、在籍中に脚本を始末してしまい、それから演劇部をやめて、さあ知らない…というわけだ。
そんなわけで、こちらがいくら憤慨しようが、
『こちらは何も悪いことはしていない。違反はしていない、言いがかりはよしてもらおう。違反なんてしてないぞ。部活のルールにのっとっているぞ』
てなことにもなる。つまり、ルールだけは守っているのだ。
向こうからすれば、ルール守っているのに、いいがかりだということなのだろう。
しかも、そういう開き直ったメール既にを速水ちゃんに出しているのだ。
はっきりいってタチがカナリ悪い。確かに、被害にこちらに与えているのに、部活のルールに形だけは反しているというわけじゃないから、どうにもやりにくいのだ。
恐らく、それを見越したからこそ、こんな手を使ってきたのだろうけど…。
…となると、下手したら、単なる身内のたわいないケンカでしかないことになりかねないのだ。
それで、いつのまにやら、「まあまあ、穏便に…」という流れになってしまったら、それこそ、たまったものではない。
こちらは痛い目に遭わされたのに、そして、相手は大してダメージなんか食らってない。なのに仲良くしなさいねと、こんな奴を許さなければならないという理不尽な事態に陥るのだ。
要は元仲間なんだから仲良くしろと要求されるようなものである。
冗談ではない…。
まあ、ちょっと考えすぎかもしれないが、訴えた場合、どちらに転んでも確実に、そういうトラブルがこの演劇部にはあったんだと、結果的にまわりに知られてしまうことにはなるだろう。
そうなると、元部長&元脚本係を罰することができても、できなくとも、この演劇部は大変である。飛翔綾学園に在学する人間のすべてが善人なわけではないのだ。特に他の演劇部からすれば、この演劇部は邪魔なのだ。
だから、例えば、演劇祭に出場停止させてやれとやろうと考える奴がいないとは限らないのだ。というか、そう考えていそうな奴を私は実は知っている。
でも、確かに、この何かと注目を集める演劇部が、出場停止になれば、何かとやりやすいのは事実である。
他の演劇部からすれば、この速水ちゃんの演劇部は学園の話題をかっさらっていく目の上のタンコブの面白くない存在である。
そんなトラブルがその演劇部にあったと知ったら、まわりの演劇部は、ここぞとばかりに密やかにではあるだろうが、潰しにかかるだろう。それは避けたい…。
わざわざこういう奴に、好きこのんでスキを見せる必要はないのだ。
脚本が持っていかれたという事実が知られるということは、他の演劇部からこちらの弱点をアピールしてしまうことにもなる。
また、この演劇部事情がよくわからない奴らからすれば、面白半分で騒ぎ立てて、こちらにとってはいや〜な噂をばら撒く格好の話題になるのだ。
このふたつが合わさったら更にタチが悪くなるだろう…。
でもって、まだまだ問題は付いてくる。
だいたい、この問題を起こした元部長&脚本係は学校や顧問に訴えたところで、そもそも脚本をキチンと返してくれるだろうか…?
訴えたことで脚本を返してくれるということになっても、返すまでの期間、その間の時間も問題である。
下手をしたら、脚本が帰ってきた時には演劇祭が終わっていたじゃシャレにならない…。
それでも、演劇祭の分は今回私が書くからなんとでもなるとはいえる。
演劇祭には影響はないのかもしれない。だけれど、これまでこの演劇部が作ってきた脚本、それはこの演劇部の歴史というか、大事な思い出でもあるのだ。だから、それが奪われたままっていうのは、例え機能という点で大丈夫だ、問題はないとしたって悲しい。取り戻したいと思う。まあ、気分的な問題なのだけど…。
また、すぐに返してもらったとしても、やはり、こういうトラブルがあったということが他の生徒、演劇部に更にばれるだろう。それは困る。
結局、返してもらえないも嫌だが、脚本を返してもらうといったって、その脚本をすぐに返そうと返さなかろうと多分いい方にはいかないと思う。
多分どちらにしろ、悪い噂が噂を呼び、演劇部がいい思いはしない結果になるだろう。いや、その確立は極めて高い。それどころか、評判ガタ落ちにされる危険だってある。でもまあ、これは向こうが脚本をもう処分してなくなっていた…なんてオチになったら、もっとシャレにはならない気はするが…。
というわけで、結局、まず、訴えたところでどうにもならない気がする…。
よくてもトラブルがあったとバレるなんていう結果になるのだ。
そして、バレたらバレたで、なめられる結果になるのは目に見えている。
日頃から妙な噂や話題のある演劇部だし、どうにでもなりそうな気がちょっとする演劇部だけど、あまりにもタチの悪いものはお断りなのだ。
(そういうことを速水ちゃんもいっているわけだし…)
さて、どうしよう?
こう考えてしまうと、訴えないほうが確かに無難ではある。だけれど、元部長と元脚本係を野放しにしてしまうのだ。しかし、それを許してあげるほど、私は少なくとも甘くないし、水に流してあげようというお人好しを演じる気は毛頭ないのだ。
となると、どうするべきか、どうするか…。
こちらのダメージはなるべく少なく、そして、相手に大ダメージを与えるには…?
神様にお願い…なんて、おバカなことをいっても、はっきりいって意味はないことぐらいはわかっているのだけれど……。
「お〜い、神崎〜」
で、考え込んでいる私に、遠慮ない明るい声が聞こえてくる。
「……」
「ねえってば……」
その声の主はよりによって、私がピリピリして無視を決め込んでいる時に、無闇に親しげに寄ってきた。多分、彼女からしたら悪意はない。(とは思う)
どちらかというと、返事をしない私が、気付いていないだけだとただ思っているのだ。
で、繰り返し、親しげに私を呼んだ。
「……」
無視というか、私は無意識のうちに彼女の存在を意識から抜かしていた…。
「お〜い…」
流石に彼女もむっとしてくる。
「……」
「ねえってば…」
そして、彼女は私に近寄り、ぽんと私の肩に手を置いた。
「なんだよっ!!」
瞬間、私の物凄く不機嫌な声が廊下に響き渡った。彼女の他、そこにいた生徒達もびくっとして、こちらを見る。と、
「そ、そんなに怒んなくてもいいじゃないっ!!」
彼女はビックリしたのと同時にちょっとカチンときたようである。
「あっ、松本ちゃんか…。びっくりさせないでよ」
で、私はのほほんと思わずいう。彼女は、松本 佳子。となりのクラスの女の子で、更にいうのなら生徒会の書記をしてたりする。
で、明るくて親しみやすいキャラクターならしく、なんだか有名人である…。どうやら、友達が結構多いらしい。といっても詳しいことは知らないけど。
「びっくりさせないでよ」
彼女は遠慮なく非難めいた視線を私に向けた。
「いや、びっくりしたのは、私の方だ」
で、私はドキッパリ断言する。松本ちゃんはちょっとえっ?という顔をした。
「な、なんなのよ。その妙な自信は…」
「だって、松本ちゃんは私だとハッキリわかった上で、声かけたでしょう?」
「うん、そりゃあ…」
多少、面食らったように彼女は私を見て頷く。更に私はいう。
「それに対して、私はなんとなくでしか、君を認識してなかったわけだ。で、そんな状態なのに、いきなり声をかけると同時に肩を軽くとはいえ、叩いたらびっくりするに決まっているじゃない」
「あ、あのねえ…」
彼女はかる〜く脱力した。
「考え事している時にそういうことをやられたら、かなりビビる。それとも、君はそ〜いうことをしてもビビらない? だとしたら、仕方ないから多少は考え直すけど? 少なくとも君はいきなり肩を叩いてもびっくりしない人間だと見なすよう努力はするけど…」
「君って、ど〜してそう捻くれているの…?」
松本ちゃんは更に脱力していった。
「私は素直だぞ」
で、私は特に意味なく偉そうにいう。
「……………………」
「とりあえず、私は間違ったことはいっていないぞ」
「間違えてはないけど、なんか違う気がする…」
「……。松本ちゃんて、割と大嶋ちゃんと似たようなことをいうね?」
「……。多分、みんな似たようなことをいうと思う…」
彼女は相変わらず脱力したままである。
「でもって、なんか用?」
まあ、それは置いておいて彼女に尋ねる。
何か用があるから、多分私に話しかけたのだろうと思いながら……。
3.見える敵と見えない敵 その2に続く