3.見える敵と見えない敵 その2
「あっ、そうそう。聞いてみたかったんだ」
でもって、松本ちゃんは調子を戻したらしく、いつものように、明るい人懐っこそうな調子で私に聞くのである。
「ねえ、速水ちゃんの演劇部って、今、もの凄く大変なことになっているの?」
どがっしゃ〜んっ!!!
思いっきり直球ストレートな質問であった……。
「なんだそりゃ?」
かといって、本当のことをいうわけにもいかない。というか、いったらどうかと思うので、私は彼女に逆に問いただす。
「えっ、そういう噂なんだけど…?」
と、ややシドロモドロになって彼女は答える。
「なんなんだ、その噂は…」
「友達から聞いたんだけど、凄い大騒ぎだったっていうよ?」
どうやら、噂がすでに微妙に広がっているらしい。
「というか、あの演劇部は、1年中というか24時間フル稼働といわんばかりに、いつも大騒ぎになっている気がするんだけど…」
で、私はちょっとツッコミを入れる。
「神崎って、結構容赦がないね…」
「というか、君もそう思っていると思うが?」
「それをいわれると……」
「でしょう?」
松本ちゃんは渋々納得したようである。が、
「でも、速水ちゃんの演劇部が大変なことになったから、速水ちゃんや部員が君を巻き込んだという事をいってたよ?」
……。どうやら、本当に何気に広がっているらしい。しかし、なんで、松本ちゃんがそんなことを知っているのだ? 彼女は演劇部の人間ではないはずだ。
(もっとも、それをいったら私の存在も若干問題なのだが…)
「えっ、そうなのっ!!?」
でもって、私は思いっきり意外そうな顔をする。
「へっ!!?」
すると、松本ちゃんは驚いた顔をして、私を見た。
「初めて知ったぞ、そんなネタ…」
「ねっネタっ!?」
「そうだったのか、松本ちゃん?」
「ちょ、ちょっと、君…。その当人じゃないの…!?」
「うん、当人だけど、そんなこと全く聞かなかったんだけど…。ただ、速水ちゃんが…」
「速水ちゃんが…?」
そして、私の言葉にうきうき(!?)したように彼女は私に近づいた。
「カキワリをウッカリ壊して大騒ぎになったっていうのは知っているけど?」
ずしゃっ!!
彼女は思いっきり脱力してよろよろとした。でも、私は“嘘”はいっていない。
「この前の文化祭で私があの演劇部のそのカキワリを担当したからね。そんなわけで、、速水ちゃんは私を呼んだんだよ。別にそれほど大騒ぎというわけではないと思うぞ」
ちなみに、今いったことは全く嘘というわけではない。
「そもそも、カキワリがぶっ壊れちゃったら、とりあえず私に連絡しろといっておいたからな。で、呼ばれたわけだし」
私はまた更に部分的に真実を入れて、偉そうにいった。少なくとも、私が速水ちゃんに、カキワリが壊れたら連絡しろといったのは嘘ではない。
「な、なんなのよ、それは…」
「それをいいたいのはこっちの方だっ!!」
びくっ!!
思いのほか不機嫌そうな声が出たせいか、彼女はびびって私を見る。
まあ、これについてはいろいろな意味でそう思う。本当にいろいろな意味で…。
「まったく…。ワザとではないとはいえ、速水ちゃんてば人が丹精込めたカキワリを壊しちゃうんだもの…。そりゃ、温和な私だって怒りますって…」
クドイようだが、これも“嘘”ではない。
「結構それについては怒ったから、多分それの一連の動きが大騒ぎっていうことになったんだと思う」
「なんだ…。部の存続の危機とかいっていたけど、そうじゃないんだ…?」
どがっしゃんっ!!!
そして、私の思いはともかくとして、松本ちゃんは心なしか意外そうな、残念そうな(!?)顔をする。で、私はごくごく冷静に、
「まあ、誰がいったかは知らんけど、ことの真相というものは案外つまらんものさ」
と彼女にいう。が、彼女は食い下がるようにいう。
「う〜ん、そうなのかな…。その子、演劇部の子…といっても速水ちゃんの演劇部じゃないんだけど、演劇部の関係者がいってから間違いないと思っていたのに…」
どうやら納得できないらしい。で、私は、なんとなく、その言葉がムカついた。まるで、問題が起きていないのが不服といいたげな態度に見えたのだ。
で、少々大人気ないが、ちょっと失礼な言い方をしてみたりする。
「その子って、速水ちゃんの演劇部を僻んでいるわけ? そんな大した事じゃないことを、そういう風に変な噂にするなんて…。歪んだ悪意を感じるぞ」
「そ、そんなことないよっ!!!」
と、松本ちゃんは急にむっとしていう。
「じゃあ、なんでそういう、ど〜考えてもバカな事を松本ちゃんにいうわけ?」
で、極めて冷静に私はいう。
「だって、嘘言うような子じゃないし、はっきりその子はいったよ?」
「ふーん? じゃあ私もはっきりいおう」
「そういう問題なの?」
「まあね。とりあえず、当事者がはっきりいったことと、その場にいたわけでもない他の演劇部の子をいっていること、どちらを選ぶ?という事態になったと思う」
私はふふんとして彼女にいう。
「あ、あのねえ…。ただ普通、演劇部でない子より、演劇部の子の方が詳しい事情を知っていると思うじゃないの…?」
じゃあ、私の立場はどうなるのだ?
「つまり、君は当事者本人の真実はともかく、その演劇部の子がいったデタラメを真実ということにでもしたいのかな?」
「だからそーじゃないってっ!!」
「じゃあ、なんだよ?そんな根もない葉もない噂でしかないものを鵜呑みにして、私に気分が悪くなるようにワザワザいって、その噂を私が否定したら、なんだか文句を付けるっていうのは、どういう神経なんだと思うけど?」
「文句なんかいってないよ…」
「いや、そうかな? なんだか、私にその演劇部の子がいった事を肯定させたいような言い方をしているなあと思うけど?」
私はあくまで淡々と話す。
「そんなことはないよ…」
「まるっきり、速水ちゃんの演劇部を不利にしたいのかっていう感じがした。君が意識していっているのか、無意識のうちにそういう言い方になっているのかはわからないけど」
「そういうつもりはないよ…」
「つまり、ごくごく松本ちゃんは自然に失礼極まりなくしゃべっているわけだね?」
「君だって十分失礼だと思う」
「何をいっている? 君が失礼な事をいうから、それを返しただけだよ。自然の摂理というものだ」
「あたしはただ…」
ふと、松本ちゃんは、なんだか被害者っぽい態度をする人だなあと思う。
誤解されそうで嫌だし、思わずむっとしてしまう。
「ただ…?」
で、それはそうと松本ちゃんの意見を促すわけである。
「真実を知りたいから、聞いただけなんだよ」
なんだか困ったように松本ちゃんはいう。どうやら、反論はともかく、自分の意見をとにかくいいたいらしい。
「どうして? また酔狂な…」
で、私は彼女に更に問う。微妙にそれは尋問が入っていた。
「だって、あたしは生徒会だし、3つの演劇部が仲良くしてほしいと思うのは当然じゃない? だから、もし、速水ちゃんの演劇部がそんな問題になるような事態だったらほっとけないって思うし、噂の真実を確かめられずにはいられないじゃない?」
「…。なるほど…」
松本ちゃんの意見は、『知るかよ』と内心思ってしまったが、生徒会らしい意見ではあった。そんでもって、妙に“生徒会”という単語を強調しているような気もした。
「一応は、興味半分で調べているってわけじゃないんだ?」
「決まっているじゃない」
彼女はさっきとうって変わって、さも当然というような笑顔で答えた。で、更に、ちょっとからかう様に、私にいう。
「疑っている?」
「うん」
私はストレートに答えた。
「…。普通、『そんなことないよ』とかいわない?」
ちょっと松本ちゃんはショックだったらしい。
「人間、素直が一番」
「ちょちょっと〜っ!!?」
「間違ったことはいってないぞ」
「た、確かにそうだけど…」
「私がど〜見ても疑っているという顔をして『そんなことないよ』といっても多分説得力はないぞ。それでいいなら、まあ仕方ないから努力していうけど?」
「あ、あのねえ…」
「それに、松本ちゃんて、誰かが人の噂話をしているといつの間にかやって来て楽しく首突っ込んでくるっていうイメージがあるぞ」
なんというか、彼女は本当に好奇心が旺盛なのかなんなのか、よく噂話を女の子同士で楽しそうに喋っているのだ。だから、彼女は“生徒会だから”といってはいるけれど、それは単なる言い訳にしか聞こえないように見えてしまうのだ。
「そ、そんなことはないよっ!!」
「最近、なんか松本ちゃんには噂発見レーダーみたいなのが内臓されているんじゃないかと疑いたくもなっているぞ…」
「何なのよ、それ…」
松本ちゃんは非常にゲンナリとした顔をした。
「でも、思ったんだけど、噂発見レーダーはともかくとして、松本ちゃんがやっていることって、実は演劇祭実行委員会の仕事を妨害していないか?」
私はふと思ったことをいってみた。
ちなみに、演劇祭実行委員会というのは、その名前が示すとおり、演劇祭の実行委員会である。演劇祭の企画・運営等をやっているらしいが、文化祭の時の演劇に関することでも、何かと活動しているらしい。
どうも、3つの演劇部をまとめる役割もある、飛翔綾学園特有の特別委員会なんだそうだ。
「えっ!? なんでそうなるの?」
でもって、彼女はまた面食らったように私に聞いた。
「だって、この前、演劇際実行委員会の奴も君と同じようなことをいっていたぞ」
ふと、私は過去(去年の文化祭)のことを思い出していう。
「うんまあ…、でも、演劇祭実行委員会は生徒会みたいなところがあるし…。生徒会とは協力体制だから、そんな妨害にはなってないと思うけど…。それにあたしも演劇祭実行委員会の方からちょっと頼まれているし…。ほら、私、演劇部関係の子とかにも友達多い方だし…」
「なるほど…」
いまいち歯切れが悪いし、いいわけがましい。 が、彼女のいいたいことは、それなりにわかるし、一理はある。
「まあ、生徒会にしろ演劇祭実行委員会にしろ、速水ちゃんの演劇部は勿論、他の演劇部の様子もそれなりに見なきゃいけないみたいだから、お疲れ様ではあるね」
皮肉ではない(と思う)ので、私はそういう。
「そりゃ、演劇部の人達って、何やるか想像付かないし…」
しかし、意外と彼女も正直な人である。
「とりあえず、大暴れだと思う」
「まあ、そうなんだけど…」
松本ちゃんは脱力しながら納得した。
「おとなしい演劇部なんて見たことないしね。まあ、そもそも爆走するのが演劇部というものでしょう? まあ、かかわっても、せいぜい死なないように頑張れ。私がいえるのはそんなところだ」
「もっといいようがない?」
げんなりして松本ちゃんはいう。
「ないっ」
でもって、私はあっさり答えた。そして、更にいう。
「…。松本ちゃん。ひとつ提案があるんだけど…?」
「?」
怪訝そうな顔を彼女はする。
「1か月ぐらいどっかの演劇部に入ってみるといいと思うぞ。きっと根性つくと思う」
「・・・・・・」
松本ちゃんは世にも恐ろしいものを聞いたといわんばかりの顔をした。
「随分、大げさだなあ」
私は驚いたように彼女を見る。が、彼女は真顔でいう。
「やっぱり、君が生徒会や演劇際実行委員会に恐れられるのってわかる気がする…」
「なんだ、そりゃ?」
思わず彼女を見る。そんな私は恐れられるようなことはそんなしてないはずである。
「別に演劇部率いて、生徒会と演劇祭実行委員会を潰そうなんてことはやっていないぞ」
「ど〜して、そ〜、物騒なことをいうのよ…」
甚だ松本ちゃんは呆れた顔をする。
「性格がちょっと悪いから」
「ちょっと…?」
思いっきり素直そうな笑顔を彼女にむけていうと、彼女は思いっきり疲れたような顔をする。やっぱり彼女は大ゲサだと思う。
「ちょっとですまされるほど、おとなしくないと思う…」
「そう? まあ仕方ないでしょう。だから、せめて笑顔でいうようにしたんだろうが…」
「君の場合、笑顔の使い道がなんか違うと思う…」
「笑顔はいいものだっていったのは松本ちゃんだぞ」
「……。そうだけど…、何かが違う…」
彼女は更に苦悩しているようだった。
「むすっとしているより、笑顔の方がいいよといったくせに…。松本ちゃんて、よくわからないね。結構ひねくれていると思う」
「いったけど、何かが違う…」
そんなわけで、松本ちゃんの苦悩はまだまだ続く……。
で、そうこうしていると…。
「随分、にぎやかだなあ…」
「おっ、園長」
私はそいつを見て手をひらひらと振った。“園長”というのは別に学園長というわけではない。そこにはあっかる〜く温和そうな(!?)男子生徒がいる。
彼は演劇祭実行委員会のひとりであった。よくわからんが、演劇祭実行委員会というのは、そのメンバーの中で、委員長と副委員長の2人、合わせて3人を特別に“三長衆”というらしい。
で、そのうちの一人がこの“園長”なのだ。
更にいうと、この三長衆は、委員長は“会長”、副委員長その1が“隊長”、その2が“園長”と呼ぶ風習があるらしい。
そんなわけで、副委員長その2である、この彼を私は“園長”というのだ。ちなみに、本名は宮木 行広。お祭り騒ぎが大好きな2年生である。
「あれ、宮木君と神崎って知り合いだったの?」
意外そうに松本ちゃんはいう。
「うん、演劇部の関連だよ」
彼女の質問に、しれっと私は答える。
「速水ちゃんと付き合いがあるから、その延長戦で、演劇祭時刻委員会のメンバーと顔見知りになった」
「あっ、そうか…」
「といってもあんまり会うことはないんだけどね」
と私はいう。
「確かになあ」
と園長こと宮木君。私は呆れていう。
「そう会う機会がないだろうが…」
「あっ、でも、そのうち演劇祭実行委員会の奴がとりあえず演劇部に行くと思うぞ。だから、会うかもしれないよ?」
と園長はにべにもなくいう。
「えっ!?? 何でまた…」
想像が多少つくものの聞いてみる。で、大体想像通りのことを園長はいった。
「だって、速水さんの演劇部ってなんかトラブルがあったって聞いたし、演劇祭の運営成功を祈る俺らからすると、気がかりだからな」
……。どうやら、思った以上に噂は広がっているようだ。
ただ、どうやら、さっきの松本ちゃんにしろ園長にしろ詳しい話はわかってはいないようである。
「というか、あの演劇部の場合、いつでもどこでも大暴走だから、トラブルがあったというより、トラブルそのものという気がしないでもないぞ…」
で、私は冷静に嘘ではないことをいう。
「……。なんていうか、神崎ちゃんって、速水さんと友達だというわりに、容赦がないというか、手加減なしというか…」
園長はちょっと驚いた顔をする。
「そうか?」
「ほら、宮木君だって、そういっているじゃない? あたしだけじゃないよ、そう思っているのは…」
で、松本ちゃんは、そうでしょうといわんばかりにいう。しかし、何もそんな勝ち誇った(!?)ようにいわなくてもいい気はする。なので、私は偉そうにいう。
「速水ちゃんと張り合うにはこれくらいが普通だと思う。というか、速水ちゃんと友達をするには拳で語りあうぐらいが丁度いい。これくらいで適性レベルだ」
「……」
「速水ちゃんと友情続けるには、多少根性が必要だよ。おとなしい私はそんなわけで大変なのさ」
「……。君をおとなしいと思う生徒は、この学園中を探しても何処にもいないと思う」
「というか、全国のおとなしい人間が泣くと思う」
園長と松本ちゃんはよろよろとしながらいった。で、私はいう。
「君たちもカナリのLEVELで容赦ないと思うんだけど? まあ、とりあえず、そこまでいうんだったら、その全国のおとなしい人間に、号泣でも慟哭でも盛大にしてもらいたいものだ」
「……」
「やっぱり容赦ない……」
松本ちゃんは、はあと溜息を吐いた……。
3.見える敵と見えない敵 その3に続く