3.見える敵と見えない敵 その3
その夜……。
<お前、容赦ないぞ、やっぱり……>
ゲンナリという表現がぴったりな声の電話の主は速水ちゃんである。
現在、携帯電話で通話中である。
「しょうがないでしょーが、下手に嘘いうよりは、確かな真実で納得させるというのは、常套手段というものだろーが」
対して、私はさも当然といわんばかりに速水ちゃんにいい放つ。
<それは認めるが…>
速水ちゃんは一応肯定はしつつ、脱力気味に反論する。
<でも、お前なあ、もう少しマシな内容にしてくれてもよかったと思うぞ…>
そして、盛大に溜息を吐く。
<そうか?>
速水ちゃんが、脱力気味にいっているのは、例の今日の放課後のことである。
考え事をしていたら、偶然、松本ちゃんに会って、探られるようなことをいわれ、また、更に園長(演劇祭実行委員会 副委員長)にも会って、また、探るようなことをいわれた時の事である。
元脚本係と元部長が脚本を持って行方不明なんてことが起きて、トラブルで不安定な状態の演劇部からすれば、あまり面白くないことでもあった。
そんなわけで、私は念のために速水ちゃんに、この学校での事を連絡をしたというわけである。
演劇部に協力するといった手前上という以前に、こういうことがあったという情報は、知らないよりは知っていたほうがいい。私はそう判断したのだ。
<お前が機転を働かしてくれたことは、確かにありがたいぞ…>
でもって、速水ちゃんは携帯電話ごしでも十分わかるような溜息をつきながらいう。
「どういたしまして」
<でも、お前。容赦なさすぎだぞ…>
素直に感謝はできないといいたげである。
「相手を煙に巻くには、嘘ではない確かな事実を突きつけるのが意外と有効だもの。そういう点で適していると思ったんで、“速水ちゃんとの友情の注釈”をいったわけだ」
私はしれっとして、答える。
<にしたって、うちらの友情が拳の語らいって…>
「嘘はいってないだろーが」
<あ、あのなあ…。まあ、確かにそうだけどな…>
って、納得するんかい。
「まあ、今思うと、ボケとツッコミのドツキ漫才の方がよかったかもしれないが…」
<おいこら、思いっきり凄いんだか珍妙なんだか、なんだかわからんぞ>
どうやら、速水ちゃんは電話の向こうで脱力しているらしい。
「まあ、気にしないでくれ」
彼女がいうことはもっともだったが、私はあえてあっさりと切り上げる。
<お前なあ…>
そして、速水ちゃんに我ながら妙な反論をする。
「そもそも、速水ちゃん。演劇部でもない私に、とっさのアドリブをいえという方が無理な話だぞ」
<そーいう問題なのか…>
「これだって、私なりに一応頑張ったんだぞ」
それは嘘ではない。私にやれることを私なりにやったのは事実なのだ。
<アドリブって…。うーん、一応うまくやったということは認めざるを得ないが、どうして、そ〜思わずズッコけるものになるんだよ…>
「仕方ないだろ〜が…」
クドいようだが、私にやれることを私なりにやった成果がこうなってしまったのだ。
そういわれても、ちょっと困ってしまう。
<なんだかなあ…。どうにも脱力方向にいってしまう科白をとっさにいえるっていうのは、こうなると褒めていいんだかなんだかわからなくなるぞ、ホントに…>
「とりあえず、今回はそれによって多少はしのげたと思う」
私はちょっと考えていう。
もっとも、疑いが晴れたわけではなく、それらしいことをいって、多少納得はできるという状態にしたに過ぎないから、次の手は考えなくてはならないのだけど。
<確かにな…>
速水ちゃんはそれでもかなり複雑そうに答えた。
「ところで、それはともかく、生徒会と演劇祭実行委員会は多少嗅ぎまわっているみたいだから、気を付けるにこしたことはないと思うぞ」
<流石に、わかっているよ>
で、速水ちゃんは、今度は冷静な口調になった。
「知られたくない真実を嗅ぎまわっているという点では敵であるわけだしな」
そして、私も真面目にいう。
さっきまでの、ちょっと脱力系な会話の口調や気配がお互いに消えた。
<そうだな…。まあ、あたしに直接聞かないあたり、まあ、探っているのだろう…>
「そりゃ、君に直接聞けるんだったら“探る”なんてまどろっこしいことはしないだろうがね」
<だろう?>
「でも、私って、そんな演劇部の秘密を教えてくれるように見えたのかな…。だとしたら、甘いというものだと思うけど? そんなサービス精神ないぞ」
<…。甘いというか、うーん…、サービスって…>
「私の辞書に、簡単に秘密を漏らすというサービスはない」
<そんなサービス嫌だぞ>
もっともである。充実させたらえらく迷惑極まりないものだ。
「まあ、とりあえず、こちらとしては早急に脚本は仕上げるべきだな。脚本ができあがって、がたがた別のトラブルをやっていれば、そんなトラブルよりは、そっちの方に目がいくと思うしな」
脚本ができたら、なにかしらトラブルというかガタガタは起きる可能性はでてくるだろうと思った。
世の中、そうスムーズになんでも進む方がむしろレアなのだ。
そう考えている、イマイチ素直ではない私としては、それを逆に利用してしまった方がいいと考えをまとめるのである。
<そう、うまくいくか?>
が、速水ちゃんは怪訝そうにいう。で、私は断言する。
「速水ちゃんの演劇部って、常に妙な大騒ぎになるし、笑える話題振りまいて暴走するから、大丈夫だと思う。今までのノリを考えれば、深刻なトラブルを、いい意味で、しょうもない脱力トラブルにすり替えるのは可能だ」
実際そうやって、この演劇部はやってきているのである。
<おいこら、何だよ、そりゃ…>
携帯電話の向こうで脱力した気配がした。
「深刻なトラブルも、パワフルでしょうもないトラブルに紛れてしまえば、案外目立たないということだ」
<お前なあ…>
私は真面目にいっているのだが、そうにもそれが彼女の脱力感を誘ってしまうらしい。
が、この際それは無視をする。
「はやい話が、葉は森に隠せということだ」
<なるほどねえ、確かに…>
一応、なんだか複雑なものの速水ちゃんは納得したらしい。
「そういうこと。だから、一応嘘というか、ダミーを松本ちゃんにはいっておいたわけだし」
いくら知り合いだろうが、友達だろうが、本当のことをいえない場合だってあるのだ。
友達だからといって、なんでも素直にいえるとは限らない。まして、今回の場合は。
松本ちゃんは友達であると同時に、生徒会の職務に妙なところまで忠実な人間なのだ。
立場上、知ってしまった場合“見逃す”なんてことはできない。
そして、少なくとも今回は、私は演劇部側の人間である。そのため、どうしてもこういう態度を取らざるを得ないのだ。
<でも、せめて、もっとマシな嘘いえなかったか…?>
で、速水ちゃんは再び脱力系な溜息を吐く。
どうやら、私達の“友情が拳の語らい”がまだ尾をひいているらしい。
「下手な嘘じゃ、すぐ化けの皮が剥れるぞ」
私はふふんとして(若干開き直って)、速水ちゃんにいう。
「だから、嘘ではないギリギリをいったわけだし。実際、カキワリを壊したのは事実だしな」
<…。まあな>
複雑そうに、けど、彼女は頷いたようだった。
「それに君には多少けったいなことをしても、納得されるという人徳があるだろーが?」
<おいこら>
「それを使わんでどーすんだ」
<それはお前もだ…>
速水ちゃんは律儀にツッコミを入れた。で、負けずに(!?)私はいう。
「じゃあ、どっちが、けったいなことをしてもより納得されるかって、勝負してみる?」
<してど〜すんだっ>
「第1回、ケッタイ人間コンテストとか?」
<おいこら>
彼女は更に脱力したらしい。
「多分、勝っても負けても嬉しくないと思うけど……」
そして、私はどうしょもないほど、バカバカしいことををさも当然にいう。
<そりゃあな…。というか、どうして、シリアスな話をしているのにこうなるんだよ…>
「運命のいたずら」
<あっ、あのなあ…>
「まあ、とりあえず、冗談はさておき、新しいものはともかく、この前の文化祭の劇の脚本は直し終わったぞ」
<おいっ!!! それをはやくいえよっ!!!>
「いや、いうタイミングがなかなか見つからなくて……」
<お前なあ…>
速水ちゃんは、なんだかまた脱力しているようであった。
「あっ、でも新作のほうは、まだだけど…」
<おう、そうか…。じゃあ、新作はどのくらい進んでいる…?>
「えっとねえ…」
私は新しい劇の脚本の進み具合を話し出した…。
こうして、夜はすぎていく……
3.見える敵と見えない敵 終了
4.マトモに演劇部活動!!? その1に続く。