4.マトモに演劇部活動!!? その3
「盛り上がるのは結構だが、この学園を壊すなよ」
突然、失礼な一声が響いた。
明らかに、この部室にいる演劇部メンバーの声ではない。
ついでにいうなら、あまり“親しい”とか“友好的”といった、仲の良さを表現するようなものには聞こえない。
それどころか、微かにだが、確かに敵意を感じるような響きのある声にさえ聞こえた。
一瞬にして、部室の中の盛り上がっていた空気の様子が、別のザワリとしたものに変わっていく。
その声の主の方を見れば、演劇部の部室の入り口に目がいった。
そこには、ショートカットよりもちょっと長めの髪をしてスラリとした飛翔綾学園の女子生徒がいる。
姿だけ…というより体型及び髪の毛の長さという点からみれば、速水ちゃんと彼女は似ているといえば似ている。が、少なくとも通常制服を着ているという条件なら、二人が間違われることあまりはないだろう。
何故なら、同じ飛翔綾学園・高等部の制服を着ているといっても、速水ちゃんはいつも男子生徒と同じズボン姿だし、対して彼女は他の女子生徒と同様スカート姿なのだ。単純といえば単純だが、一目瞭然である。
が、それはそうとして、その女子生徒を認識した時には、となりにいた速水ちゃんの目は若干不機嫌そうに細められていた。
「あっ、郁江ちゃん?」
で、私は少しばかり、呑気にその声の主である女子生徒を見る。
「やあ」
すると、クールだが少しだけ親しみのありそうな顔をして、彼女は私の方を見た。
彼女は小宮山 郁江。私と同じ2年生である。
そして、この演劇部の空間にいるには、他の飛翔綾学園の生徒に比べて、とても違和感のある人物でもあった。
いうならば、“招かざる客”である。
「つ〜か、生徒会長ですね」
で、乾さんが事実でしかないことをいう。
そう、郁江ちゃんは正真正銘の生徒会長なのである。
「で、その生徒会長が一体何のようだ?」
と、速水ちゃんがにこやかだが、やや硬質的な声でいう。
この演劇部と生徒会は、去年、文化祭やらなんやらで何かと争って対立している仲(!?)なせいか、敵対というわけではないが、けっして友好的とはいえない。
つまり、あまり面白い間柄ではない、いわゆるライバル関係なのだ。
そんなわけで、無意識にしろ意識しているにしろ、会話の言葉の端々にお互い軽〜いトゲが見え隠れするのは、そう珍しいことはない。
「おや、来てはいけない理由でもあるのかな、速水さん?」
で、生徒会長こと郁江ちゃんは、軽く笑った。
「そんなことはないけど、わざわざ生徒会長が来るのは珍しいなと思ったわけだよ」
「そりゃあ、ここは飛翔綾学園・高等部の無法地帯だからね」
郁江ちゃんが断言した一瞬、速水ちゃんとの間に軽く、しかし、確かに火花が散った。
途端に、まわりの空気が少々冷たくなる。
が、
「あのさ、他の学校の生徒から見ると、この演劇部にしろ生徒会にしろ、奇人変人の集合体に見えるらしいぞ」
どしゃっ。
私の言葉で一気に二人が脱力した。
「おい、神崎…」
「おい、神崎ちゃん…」
「…と、松本ちゃんもいっていたんだが…」
で、私は脱力する二人を見つつ、ついでに情報の出所の人間の名を出した。
何気に松本ちゃんに責任転嫁である。
まあ、それはそうとして、松本ちゃんは、人懐っこさが功をそうしてか、他校の生徒の間でも顔が広い。
そのために、そういう他校の話題に出てくる飛翔綾学園の情報にも詳しかったりする。
もっとも、他校の生徒じゃなくても、この演劇部にしろ生徒会にしろ、奇人変人の集合体のようだと認識していると思うのだけど。
それに、この飛翔綾学園全体が、そもそも、どっかしら変わっている人間の巣窟だという認識が、ここの生徒全体に多かれ少なかれあるのではないかと思う。
しかし、松本ちゃんには、一体知り合いが何人いるのだ?
かなり多いということはわかっているが、速水 僚ファンクラブの連中の数と同様に、永遠の謎である…。
とまあ、それは置いておいて…。
「って、出所は松本ちゃんかい…」
速水ちゃんは、ちょっとだけ納得した。で、
「…。松本さんか…。うーん、あの人は学園内外問わず知り合いが多いからなあ…。でも、よりによって神崎ちゃんに、そーいうのを話してどうするんだか…」
郁江ちゃんもちょっと困ったように、脱力しつつ納得した。が、
「この演劇部はともかくとして、少なくとも生徒会はマトモだぞっ」
と気を取り直したらしく、憮然として私に抗議した。
「おい、生徒会長。それはどういう意味だっ!?」
そして、速水ちゃんもむっとしたようにいう。
「いっちゃなんだが、生徒会だってマトモな生徒会とはいえない気がするぞ?」
が、速水ちゃんも結構口は達者である。
しれっとしたような顔をしている郁江ちゃんだが、何気にむっとしているのがわかる。
「君にはいわれたくはないよ」
「同じくね」
そして、二人とも少々険悪なムードを出していた。
「喧嘩するほど仲がいいっていう例?」
そして、私は二人を茶化すかのようにいってみた。
……。
理由なんて特にない。
強いていうなら、どんな反応するのかな…という瞬間的な好奇心である。
「…。こういう雰囲気でそういうギャグをかますあたり、お前っていい性格をしているよな…」
と、速水ちゃんは思いっきりゲンナリした顔をする。
「神崎ちゃん…。君ねえ…。一体何を考えているんだか…」
郁江ちゃんも同じようにゲンナリした顔をした。
「今度の演劇祭のアイデア」
私はそんな二人を見て、かなりアッサリ断言した。
実をいえば、思いつきでいったセリフだった。
だが、二人を始め、その場にいた部員全員も思いっきり脱力した……。
「お前ねえ…」
……。
速水ちゃんははあと溜息を吐いた。
「相変わらずマイペースだな」
郁江ちゃんも速水ちゃんと同じように溜息を吐く。
でもって、私はさも当然のようにいう。
「…。考えちゃいけなかった? とりあえず、今回演劇部に頼まれているわけだし、頼まれたからにはいい劇を作りたいなとアイデアを練るというのは、至極当然の流れだと思うんだが?」
「お前、それって有難いんだけど、というか、確かにその通りではあるんだが、物凄くこちらにとっては複雑な思いがするんだが…」
どういうべきか困ったといわんげに速水ちゃんがいう。
「神崎ちゃんが天然ボケだというのは以前から知っているけど、まさか、こういう状況で、こういうことをいうとは思わなかったな……」
で、郁江ちゃんも呆れながらいった。
…って、ちょっと待て。
「郁江ちゃん。私、そんないわれる程には天然ボケじゃないぞ」
私は反論をする。人にいわれるほどではないと思う。
「…。って、まだボケ倒す気か…?」
「神崎。こればっかりは、あたしも生徒会長と同意見だ」
が、二人は至極冷静に私の反論を退けた。
「って、おいこらーっ!!!」
しかし、何故この二人はこういう時だけ意見が合うんだ?
「おや、始めて意見があったね?」
と、ちょっと白々しく郁江ちゃんはいう。
「生徒会長、あえて言うなら、人間、多少は共通項があるということじゃないか?」
で、速水ちゃんはサラリと答えた。
「神崎先輩が天然ボケだという認識が共通項って一体…」
そして、玲香ちゃんがその通りで何気にしょ〜もないことをいう。
「う〜ん、もっともといえば、もっともな気はするけどね…」
で、乾さんは非常に冷静に判断を下した。
「おいこら」
というか、一体みんなは私のことを何だと思っているのだっ!?
「このさい、それは諦めろ、神崎」
で、速水ちゃんは密かに笑いながら、ポンと私の肩を叩いた。
「…。まあ、いいけど…」
そんなわけで、私はその話題からとっとと引き上げる。
真面目に考えれば考えるだけ、不毛な結果になりそうである。
下手に反論しても、墓穴どころか古墳でも振りあてそうな気がすると、短くはない期間の経験が結論づけたのだ。
「って、今日は随分アッサリしているな…」
が、速水ちゃんは意外そうな顔をした。どうやら、私の反応が肩透かしだったらしい。
「というか、速水ちゃん。そんなものでジャレてても事態は何にも進まないぞ」
「確かにな…」
で、納得したように速水ちゃんは了解した。
でもって…。
「ところで、郁江ちゃん。一体何の用? 何も用がないのにワザワザ好きこのんで演劇部に来るような人間じゃないでしょう、君は?」
そういって、彼女を見るとちょっと驚いたように私を見た。
「…。相変わらず察しがいいな…。まあ、今回はそれにプラスαだけど」
で、郁江ちゃんは少々不敵な顔をする。
そして、さっきまで、脱力じみていた空気が消えていった。
「プラスα?」
と速水ちゃんが怪訝そうな顔をする。私も同じだった。
「…。というか、今度はふたり揃って仲良くボケる気か…」
で、郁江ちゃんは軽く溜息を吐く。
「……。自覚症状がない奴らだね、速水さんにしろ神崎ちゃんにしろ…」
「なんだそりゃ?」
ますます怪訝そうな顔をする速水ちゃん。
「あのねえ…。あんだけ人を集めて大騒ぎしてりゃあ、嫌でも目につくだろ〜が…っ!!!」
郁江ちゃんは呆れたようにいう。
「元々、何かこの演劇部がおっぱじめるみたいだという情報は掴んでいたけどね。で、様子を見に来てみたら、異様に人だかりはできているわ、騒がしいわ…。気にするなってって方が不可能だろう? また、この演劇部のことだから暴動でも起こすのかと思うのは当然じゃないか」
で、更に生徒会長らしく至極真面目な顔をしていった。
「暴動って…」
というより、本当に、この演劇部は一体何だと思われているのだ…?
「別に暴動を起こす気なんかないけどな? でも、確かに人は集まっていたのは事実だな…」
と、私の思いはともかく、ふふんと笑って速水ちゃんはいった。
「おや、君の口からそんなことを聞くとは思わなかったよ?」
で、郁江ちゃんはちょっとからかうように、速水ちゃんにいった。
「そうか?」
「暴動じゃなければ、一体、何をやっていたんだか…」
「何のことはないと思うけどね。ちょっと制作発表をしただけだ。今回の演劇祭の脚本のひとつができあがったからミーティングというか、脚本の制作発表を神崎も交えてしていただけだ」
あくまでサラリと速水ちゃんはいう。
実際その通りであるし、嘘ではない。
「そうなのか?」
が、郁江ちゃんは、あくまで疑わしげに速水ちゃんを見る。
「なんだか知らないけど、やたらに人が集まってきただけだ」
対して、速水ちゃんは至極当然という風に答えた。
もっとも、本当にその通りなのだから、こうとしかいいようがない。
「じゃあ、どうして、そんなことで、こんなに大袈裟に人が集まってくるんだ?」
そして、郁江ちゃんはやれやれといった顔で、呆れて速水ちゃんを見た。
「それについては私もそう思う…」
で、今度は、私が郁江ちゃんと同意見だった。
この演劇部常に話題を振りまいて注目されているし、この強烈な速水ちゃんを崇拝(!?)している速水 僚ファンクラブの存在も絡んでいるのではないかとは思うものの、詳しいことはどうにもこうにも不明なのだ。
「……。まあ、注目はされているってことだろう?」
と、速水ちゃんは何処か不敵に笑った。
「警戒の間違いじゃないか?」
で、郁江ちゃんがサラリという。
二人の間には、やはり火花が微かに散っていた。
「警戒されるのは生徒会の方だろう?」
「おや、速水さん。警戒されるようなことをやっておきなながら、そんなことをいうわけ?」
しれっとした速水ちゃんに対して、ふふんとして郁江ちゃんはいう。
「まあ、もっとも生徒会なんてものは、生徒からは煙たがられる存在だから、警戒するなってほうが無理な存在かもしれないけどね」
「よくわかっているな?」
で、ちょっと驚いた顔を一瞬したものの、速水ちゃんもふふんと笑う。
「伊達に生徒会長やっているわけじゃないんでね」
「なるほど…」
「まあ、それはともかく君達の演劇部はイベントがあるたんびに大騒動起こすからな。生徒会としては多少なりとも警戒はするのは当然だろう?」
郁江ちゃんは静かに、けれども反論は許さないといわんげだった。
そんな様子を見て、私は彼女にいってみる。
「じゃあ、そういう理由で、郁江ちゃんは、最近、偵察のために松本ちゃんを私のところに派遣していたわけ?」
この前のことといい、最近といい、なんとなく私を通して松本ちゃんは、何かとこの演劇部の様子を探ろうとしているようなフシがあるような気がしてならなかったのだ。
だから、私はストレートに聞いてみるわけである。また、こうあからさまに聞いたら、郁江ちゃんはどんな顔をするか、ちょっと見てみたい気にもなった。
そして、まわりは一気に私を注目した。
「松本さんが…?」
が、一瞬眼を細めたものの、郁江ちゃんは不敵に笑った。で、
「神崎ちゃん。それは勘ぐりすぎだよ?」
「ふーん? やたらに聞いてくるから、ちょっと疑うなっていわれても、ちょっと無理があるぞ」
私はちょっと信じられない面持ちで彼女を見た。
「疑心暗鬼だな、神崎ちゃん。そんなことをいうと松本さん泣くぞ?」
余裕なのか、少しからかうようにいう。で、
「松本ちゃんは、泣くほどヤワじゃないでしょーが。ついでにいうなら、泣いたぐらいで、私がオロオロするもんだと期待するのなら、甘いと思うけど?」
私は、自分でいうのもなんだが、身も蓋もないようなことをいった。
「ごもっともだな」
が、郁江ちゃんだけでなく、速水ちゃんもそれには納得した。
しかし、そうアッサリ納得されると、ちょっと複雑なものである。と、
「私も誤解を受けているようだし、生徒会としても、勿論松本さんの名誉のためにいっておくけど、別に、松本さんは自分の好奇心に従っているだけだよ。少なくとも私が松本さんに偵察するようにいったことはないよ」
郁江ちゃんは極々あたりまえだというようにいった。
「松本ちゃんて、物好きだなあ…」
「それは、松本さんも君にはいわれたくないっていうかもしれない」
と、冷静に郁江ちゃんはいう。
「この暴走演劇部に協力しているあたりで、神崎ちゃんだって、とても正気の沙汰じゃないと思う」
「郁江ちゃん、実は私もちょっとそう思うが、ここまでくると既に愚問だよ」
「おいこら、神崎」
速水ちゃんは、ツッコミを入れた。
「そういい切られると何もいえなくなるね」
ちょっと毒気を抜かれたように、郁江ちゃんはいう。
「まあ、やりたい事とこの演劇部がどこかしらで繋がっているから、私は協力をするわけでもあるのだけどね」
「じゃあ、神崎ちゃんが生徒会にツレナイのはそういうことでもあるわけだ?」
少しだけ苦笑してどこまでもいっても生徒会長な郁江ちゃんはいう。
「そういうこと。だって、生徒会は演劇ってやらないでしょう?」
私はふふんとしていった。
「生徒会が演劇やってどーするんだよっ」
思いっきり郁江ちゃんをはじめ、速水ちゃん、いや、この場にいた全員が息もピッタリにタイミングよく脱力した。
「郁江ちゃん。私、間違えた事をいった?」
「…。確かに正しいけど、演劇をやる生徒会なんて聞いたことないし…」
クールな生徒会長で通っているはずの彼女だが、脱力絶好調である。
「前例のない生徒会って感じでいいと思ったんだけどな……」
私は、いっそのこと爽やかにいってやる。
「神崎ちゃん…。無茶苦茶すぎるよ。ちょっと面白いかもと一瞬考えてしまったけど、そんなことをしたら生徒会って何なんだってことになるぞ…」
「というか、考えたんかいっ!!?」
速水ちゃんは、思わず郁江ちゃんにツッコミを入れた。
「流石に無理だってことはわかるよ。でも、個人的には生徒会のメンバーも奇人変人が多いから、演劇に組み入れたら、おもろいんじゃないかなとは思う」
で、私はあくまでサラリといった。
本当に、生徒会長の郁江ちゃんをはじめ、松本ちゃんといい、生徒会は妙な奴が意外といるのだ。
使えるものなら使ってみたいものである。
……。
「おい、神崎ちゃん。いくらなんでも私だって、生徒会のメンバーだって命はおしい…」
ゲンナリした顔をして、郁江ちゃんは物凄く深い溜息を吐いた。
「神崎先輩、流石に生徒会のメンバーを入れるのは自殺行為ですよ」
会話の行方を見守っていた乾さんもヨロヨロしながらもいう。
「結論からいってしまうと、多分お互いに死闘を演じなきゃいけない羽目になると思いますよ」
しかし、乾さんも適切ではあるが、冷静に容赦のないことをいう人である。
「流石に場外乱闘で、この演劇部にしろ生徒会にしろ注目されても、メリットはありませんよ?」
「じゃあ、最後の手段にとっておく」
「…。って、結局、先輩やる気ですかーっ!!?」
「おもしろそうで、利用できるかもと思ったら、誰だって生徒会だろーが何だろーが、使いたくなると思うんだけどな」
私はストレートな思いを乾さんにいってみる。が、
「か、神崎先輩…。生徒会の使い方がちょっと間違ってませんか?」
乾さんは更に脱力をして、私に抗議した。
「というか、お前ら生徒会を何だと思っているんだ…」
で、バリバリの生徒会長の郁江ちゃんはおいこらといわんげにいう。
「うーん、生徒会は生徒会だと思っているよ」
どしゃっ。
しれっと私は答えた。あまりにも単純でしょうもない私の科白に、一気に脱力な空気が演劇部の部室に溢れた…。
「おいこら、そのまんまじゃないかーっ!!」
ついに、クールで通っているはずの生徒会長も、限界が来たらしい…。
4.マトモに演劇部活動!!? その4に続く。