1.屋上 −SPRING− その3

「確かに景色がいいね、ここは…」

 振り向けば、そこに女がいた。そして、そのどちらかというと、サラッとというよりシットリしているような黒くて長い髪の毛が桜の香りのする風にふわっと(なび)いていた……。
 彼女は優美にこちらを見た。そして、彼女は微笑(ほほえ)んだ……。
 その彼女を見て、私はこういった。
「おっ、小野小町っ!!?」
「なっなんだあっ!!?」
 彼女はこれでもかというほど、鳩が豆鉄砲(まめでっぽう)を喰らったような顔をしてこちらを見た。
 まあ、脈絡(みゃくらく)もなく、誰かに『小野小町っ!?』なんて大声でいわれたら、そりゃ何だかわからんし驚くだろう。私だって同じことをやられたら多分驚く。
 で、それはそれとして、その小野小町?をよく見てみれば、
「大嶋ちゃんかあ…」
 さっきまで、携帯電話で話していた彼女が、ちょうど屋上への入り口に通じる階段を登ってきたところだった……。

「あたしが来ちゃまずいのか?」
 驚いたものの、からかうように、そしてどこか、えっらそうに大嶋ちゃんはいう。
「いや、小野小町が説教しに来たのかと一瞬ビビった」
 で、冷静に私は答えたが、どうにも妙なことをいっているなと我ながら思う。
「おいっ」
「いや、大嶋ちゃんって、髪の毛結構長いから、そんな気がしたのさ…」
「お前の世界じゃ、髪が長ければ、誰でも小野小町になるのか?」
 無論そんなわけはない。が、ともかく、彼女は私の側にけらけらと笑いながら来た。
「だったら、お前も小野小町だぞ? 髪の毛の長さは大体同じだし」
 確かに私も彼女も、髪の毛の長さは、背中の真ん中ぐらいである。ただ、私の方が、彼女よりもやや短いというぐらいだ。
 と、その瞬間、ワリと強い風が吹き付けて、髪の毛がぶわっと風に舞う。
 二人とも髪の毛は長さも手伝ってか結構乱れてしまった。
「いや、そーいうわけじゃないんだが…」
 で、気休め程度に髪を整えながら私は答える。
(ったく、せっかく整っていたのに…)
 ポニーテールで一応まとめてある髪とはいえ、グシャグシャなままなのは、ちょっと嫌だった。
「というか、お前は、小野小町に何をしたんだ?」
 で、大嶋ちゃんもやっぱり、適当に髪を整えながらいう。
 日頃は大雑把(おおざっぱ)に見えるが、彼女もグシャグシャなままは嫌ならしい。
「いやあ、さっきも携帯でいってたけど、小野小町について、ちょっと考えていたのさ」
「さっきのお前の驚きようからいって、ロクでもないことを考えていただろう?」
 結構鋭いことを彼女はいう。
「大嶋ちゃん、そういう偏見はよくないぞ」
 が、とりあえず、私は反論する。
「いや、みんなそーいうと思う」
「なんの確証があってそーいうんだか……」
「じゃあ、100歩譲って、まあ、多分、あたしが考えないようなことを考えているんだろうなとは思うねということにしてあげようか?」
「さっきよりはいいな。でも、大嶋ちゃんが考えていることなんか、まず、大嶋ちゃん本人じゃないし、わからないけど」
「もっともだな」
 彼女は笑った。

 でもって…、

「しかし、いきなり小野小町に間違われるとは思わなかったぞ…」
 可笑しそうに彼女は笑う。
「いや、マサカ、君が来るとは思わなかったし…」
 そう笑われてちょっと困ってしまった。
 さっき、携帯電話で話し終わってから、大して時は経っていないし、そもそも大嶋ちゃんはここに来るとはいっていなかったのだ。
 マサカ、来るとは思わなかったのだ。
「小野小町に間違われたのは今回が初めてだよ」
 で、なんだか意外に受けたらしく、大嶋ちゃんは楽しそうにまだ笑っている。
「って、まだ、いうかい…」
 でも、こちらとしてはちょっと気分は複雑である。
「通常は私もそうボケたことはいわないと思うんだが…、うーん、桜の幻覚というものかもしれない」
 で、私は特に意味はないのだけど、半分真面目にいってみる。
「……。いくらなんでも、小野小町が平成の御世(みよ)に、階段登って学校の屋上にやって来るかよ…」
 そして、非常に現実的に大嶋ちゃんはいう。
「小野小町がここに来るのと、私がここに来るのでは、明らかにあたしの方が可能性は高いと思う」
 確かにそうである。小野小町は1000年も昔の人間だ。まず、来るわけはない。
 というか、来れる訳はない。彼女は(すで)にこの世にはいないのだ。が、
「いや、人間の魂は永遠だぞ」
 私は大真面目にしょうもないことをいう。
(ひね)くれているなあ…」
 しかし、そうはいっても、彼女も根本的に妙にボケとツッコミを(たしな)むキャラ(!?)である。
「本当に来たら、ホラーになりそうだな…」
 と、もっともではあるが、しょ〜もないことをいうのだ。
「学園ホラーかいっ!?」
「せっかくだから、お前文芸部だし書いてみれば?」
 で、更にの〜てんきに大嶋ちゃんはいう。が、彼女のいう通り、私は文芸部でもある。(他にもイラスト部&美術部も兼部はしているけど)
「いいかもしれない…」
 そのせいか、私はウッカリそれに乗ってしまい、ふと考える。と楽しそうに、
「じゃあするとしたら、ギャグ?それともシリアス?」
 更に彼女は聞いてくる。
「う〜ん、ギャグとシリアスのハーフアンドハーフもいい気がするぞ」
「小野小町がでて、ホラーでギャグとシリアスって、どんなものだよ…」
「う〜ん、どうしようか…」
「お前の場合、絶対古典の先生が脱力して、泣きそうなものを書きそうだ…」
 大真面目に大嶋ちゃんはいう。しかも“絶対”を強調していう。
「なんだよ、それ…」
「いや、お前、本当にケッタイなことをかますからなあ…」
 極々当然のように彼女はいう。
「おいおい」
「毎度といえば毎度だが、ビビらされるぞ」
「なんだ、そりゃ…。そんな激しいものはしてないし、そんなにそもそもやっていないぞ」
「そうかあ?」
 大嶋ちゃんは思いっきり疑わしげに、反論する私を見た。
「まあ、妙に的を射てケッタイだから、あたしは楽しいって思うけどね」
 で、仕方ないなあといいたげに、又、どこかえっらそうに彼女は笑う。
 一体、その自信(!?)は何処から来るだろう? 友達を短くはない間やっているが、ここらへんは未だに謎である。
「なんていうか、()めているんだか(けな)しているんだか、わからないぞ…」
「あたしは、思っていることをいっただけだよ?」
 で、やっぱり、えっらそうに彼女はいった。
「…。なるほど」
 微妙に複雑な気分である。
 でも、確かに大嶋ちゃんは、思っていることをいっているだけなのだろう。
 ただ、内容が内容だけに、時々脱力することも多いだけで…。
 ただ、こういうのが、大嶋ちゃんが大嶋ちゃんである所以(ゆえん)なのだなとつくづく思うだけで……。

「で、大嶋ちゃん。小野小町っていい女だと思う?」
 私はふいに彼女に質問してみる。
「なんだよ、いきなり(やぶ)から棒に…」
 でも、脈絡は個人的に多少はあると思う。というわけで、大嶋ちゃんの言い分を若干無視して話を続けた。
「なんか、小野小町ってあの百人一首の和歌でみると、ちょっとイヤミな女かも…と思ったのさ…。でも、もっとも冷静に考えたら、他の和歌だと雰囲気(ふんいき)違うし、いい女だなあとも思うし、わからなくなった…」
 さっきの携帯電話で話し終わった後、ふたたび、そんなことをチラッと考えてみたのだ。
「…。お前、いきなり“雨夜の品定め”かよ…」
 でもって、大嶋ちゃんは大嶋ちゃんで“源氏物語”に出てくる用語をいってきた。ちなみに、彼女は源氏物語がワリと好きならしい。あの紫式部の作品である。
 なんというか、大嶋ちゃんは高校生のワリに(しぶ)い趣味な気がする。
「源氏物語を持ってきたか…、やるな、御主…」
「おい、神崎。小野小町が出てくるのなら、源氏物語もアリだろう?」
「平安繋がりか…」
「そういうこと」
 ふふんとして、やっぱりどこかえっらそうに彼女はいった。
 で、今度は私がツッコミを入れる。
「でも、今は雨降ってないし、夜でもないから、“春の午後の品定め”じゃないか?」
「…。そのまんまやなあ…」
 確かにそのまんまである。現状をそのまんまいったにすぎない。
「そうか? じゃあ、もうちょっと捻る?」
 何気に厳しい奴だなと思い、ちょっとばかし考える。が
「まあ、いいやけど」
 どうやら“春の午後の品定め”に別にコダワリはないようだ。で、
「とりあえず、小野小町のことは結論からいうと、わからないぞ、あたしも…」
 と、大嶋ちゃんはスパッと明るくいう。
「まず、会ったこともないしな。そもそも現物をみてみなきゃ、何事もわからないものだろう?」
「もっともだな…」
 彼女のいうことは、非常にもっともである。
 百聞は一見にしかない。自分の目で見てみなければ、本当のことは意外とわからない。
「でも、絵とかそーいうものはあるし、多少推測はできるし、それはそれで面白いとは、思うよ」
「なるほどねえ…」
「君もだいたいそんなことを考えてそうだとは思うが…」
 そして、やけに自信ありげに大嶋ちゃんはいう。本当に、どうして、そこまで自信ありげなのかは不明だけども。
「ほぼ正解」
 が、彼女のいっているのはカナリのレベルで正鵠を射ていた。でも、ちょっと悔しいので、そんな答え方をするのだが。
 しかし、本当に妙なところで鋭い…というか、妙なところが似ているものである。
 案外、友達というものはそ〜いうものかもしれないが、そう思う。
 大分収まってきた演劇部と科学部の騒ぎをBGMにしてそう思う……。






1.屋上 −SPRING− その4に続く
 

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