1.屋上 −SPRING− その4

「ところで…、神崎…」
「ん?」
「演劇部と科学部はまだ、(さわ)いでいるようだなあ…」
 屋上にある手摺に寄りかかりながら、二人でその様子を見る。もっとも、その大騒ぎの現場にそんなに近くというわけではないし、窓の外は見えても内部は見えないので、詳しいことはわからない。
 いわば、“対岸の火事”状態なのだ。

「そうだねえ…。でも、さっきよりは静かになったとは思うけど…?」
 比較の問題といえばそれまでだが、確かにさっきよりはマシな状態ではあった。
「そういえばそうなのかもな…、うーん…」
 だが、大嶋ちゃんは答えに困っているようである。が、さっき大発生していた怪しげな紫の煙ももう見えないし、物騒な爆発音(!?)も聞こえない。
 ただ、なんだか、やっぱり騒がしいなあというぐらいである。
 そのぐらいなんだから、さっきよりは確かにマシな状態ではあるのだ。
「さっき、お前とケイタイで話していた時に、凄い音がしたから気になったんだ…。で、とばっちりは受けたくないけど、気になったんでここに見に来たわけでもあるんだけどな…」
 大嶋ちゃんは、やや納得できないらしく、複雑そうに更にブツクサいう。
「君もいっていることだし、一応は静かになったといえば、確かに静かなんだろうけどさあ…」
 まあ、そういう彼女の気持ちもわからないでもなかった。
「静かになった…というには、ちょっと騒がしいすぎる気はするぞ」
「なるほどねえ…」
 ついでにいうと、いくら大嶋ちゃんとはいえ、こういう事態が多少気になってはみても、この騒ぎの中に入っていくのは流石に勇気がいるだろうなあと、ふと思う。
 だから、その現場にはいかず、ここの屋上に来たのだろうし。大嶋ちゃんの行動は、好奇心が強くて、いって見てみたいけども命は惜しい…そういう人間としては妥当な行動だ。
 それなりに、安全面を考慮し確保したもっともな行動である。
 でもって、そんな大嶋ちゃんは、演劇部と科学部の様子を見ながらいう。
「しっかし、本当に演劇部の連中といい科学部の連中といい、元気な奴らだよなあ……」
「うん、確かに…」
 素直に私もそう思う。否定する気なんてサラサラなくそう思う。
 ただ、“元気”という言葉でさらっとコンパクトにいえてしまうあたり、大嶋ちゃんも(たくま)しいなと(ひそ)かに思うだけである。
「このパワーはどこから来るのやら……」
「本当だな…」
 まるで、激しい活火山のようなパワーのあり方なのである。
 大嶋ちゃんがいうのも無理はない。そして、私もそのことについてやっぱり納得する。
「多分、それが“青春”というものじゃないの?」
「青春って爆発音を出して騒がしくなることか?」
 大嶋ちゃんはツッコミを入れる。
「う〜ん、ちょっと控えめに暴走とか爆走でいいんじゃない?」
「何をど〜やったら、“暴走”や“爆走”が控えめと解釈になるんだかは謎だがな…」
「いや、爆発音を出さなくても騒がしくなるだろう? 演劇部も科学部も…」
「確かに…」
 やや納得したように大嶋ちゃんは答えた…。


「でも、現在、こ〜ノンビリと見ているだけだけど、案外、お前もまた巻き込まれたりして…」
 ふと、大嶋ちゃんは、実におっそろしい事をアッサリいう。
「ま、まさかあっ!!」
 心臓が止まりそうなことを唐突(とうとつ)にいわないでほしい。
「いや、だって…。去年、お前さー、速水ちゃんに引きづられて、結局は演劇部と暴れていただろう?」
 否定は認めないぞといわんげに大嶋ちゃんはいう。
「暴れたといっても、文化祭の演劇部の出し物に協力しただけだぞ」
 が、私はとりあえず反論する。速水ちゃんに引きづられ、演劇部に協力はしたのだが“暴れた”というのは違うと思うのだ…。
 そんな派手なことはしていない…。
「そ〜か〜? なんか、演劇部にとどまらず、生徒会やら、他の部活も巻き込んで思いっきり盛り上がってたというか、大騒ぎだった気もするが…」
 が、大嶋ちゃんは思いっきり疑わしそうに私を見る。
「そんな目立つ行動はしていないぞ…」
「いや、どう考えても目立っていたぞ」
 が、彼女は思いっきり否定の力説をしながら、脱力をする。
「うそおっ!!?」
「本当」
 彼女は即答(そくとう)した。とても容赦(ようしゃ)なく否定した。
「そんな派手なことしたっけ…?」
 とりあえず、私は一応考えてみる。
「確か、速水ちゃんに引きづられて…、演劇部の脚本を書いて〜、実行委員会系とちょっと争って…、協力して…、生徒会ともそれ関連で対立したり…、ほかの文化部の子たちに協力してもらって、なんだかお祭り騒ぎをしたとは思うが…」
「ほら、やっぱり思いっきり暴れているぞ?」
「いや、私は意見を提案して、雑用を多少手伝ったにすぎないぞ」
 えっらそうにいう大嶋ちゃん、思わず考え込む私…。が、やっぱり、そんなに注目されるようなことはしていないように思えた。
「自覚症状なしかいっ!?」
 で、大嶋ちゃんは素晴らしいまでに重量級の溜息を吐く。
「というか、あの時やったことといえば、脚本制作にアクセサリーを作ったり、会場整備で椅子を並べたり、他の文化部をなんかドタバタと手伝って、後は写真をガシャガシャ撮って…ぐらいだからなあ。なんかいろいろした気はするけど…」
 で、私はまた反論をする。
「お前、アバウトすぎるぞ…」
 ゲンナリとした響きで大嶋ちゃんはツッコミを入れた。
 というか、そんなアカラサマにゲンナリした顔をしなくてもいいと思う。で、私はいう。
「いや、そんなイチイチ細かくは覚えてないよ…。あと、なんだかいろいろケンカした記憶はあるけど…。ひょっとしてそれか?」
「ケンカしてたんかいっ!?」
「うん、多少はな…。するでしょう、ケンカぐらい。文化祭って意外と()めるんだぞ」
 私は大嶋ちゃんにあっさりという。文化祭で揉めるという事態は、去年頼んでもないのに嫌なぐらい見せられたのだ。
「そーいうものか…?」
「そーいうものでしょう?」
「まあ、それはともかくとして。あたしは当時、お前って気まぐれで、かなりドライな奴だと思ったけど、ハマり込むと思いっきり人が変わるんだなあと思って見ていたぞ」
 大嶋ちゃんは当時を思い出すようにシミジミという。
「失礼な…」
 気分は複雑である。
「いや、ホント」
「でも、そうだな…。たまたま興味が引かれたから、動いたのは事実だし。惹かれなかったら何もしなかったとは思うな…」
 が、彼女のいうことも一理はあるかもしれないと思った。
 確かに、我ながら、基本的にドライな方だし、気まぐれではある。
極端(きょくたん)な奴だな」
 大嶋ちゃんはアッサリいう。で、対抗するように私もあっさりいう。
「そうかもしれない…。自分でいうのもなんだけど、結構気まぐれだと思う」
「じゃあ、つまり文化祭に協力したのも気まぐれなんだ?」
「うん」
即答(そくとう)かいっ!?」
 ちょっとからかうようにいった彼女だったが、私の反応は想定外だったらしい。
「やってみて向いてないと思ったよ。イベント系にハマるような性格ではない。どちらかというと冷めているということが、よ〜くわかったよ」
 我ながら、墓穴掘っているような気はするが、正直に私は答えた。
「そうかあ?」
「確実に向いているのは松本ちゃんだよ。見ていて嫌になるぐらいわかる。まあ、向いているから、生徒会に入ったんだろうし…」
 松本ちゃん(松本 佳子)というのは、生徒会の書記である。本格的に親しくなりはじめたのは、この去年の文化祭の準備期間だったと思う。
「なるほど…。確かに君よりも確実に向いている…」
 松本ちゃんの性格をよく知っている大嶋ちゃんは納得する。
 彼女と一応は友達なせいか、それなりにわかってはいるようだ。
 何かと校内のイベントに関わる生徒会で、時々妙な方向にいってしまうこともあるけど、いろんな生徒といろいろ活動している…。それが、松本ちゃんなのだ。
 どうも、そういうことが元々好きなタイプらしい。
「でしょう? 自分でいうのもなんだが、私は気まぐれだし、個人主義系な人間だ。本来はみんなで集まって何かをやるっていうのには本気で向いていない。 ただ、どうしてもやらなきゃならないとなると、それなりに頑張るっていうだけだよ。で、あの時はたまたまメンバーが良かったから、うまく作動したっていう感じがする」
「シ、シビアだな、お前…」
 ちょっと驚いて彼女は私を見る。
「自分で思っているようにまずできないから、そもそも団体で何かをするのっていうのは苦手なんだ」
「そりゃあなあ…」
「でも、一人でできないことでも、団体ならできるっていうメリットはわかっているつもりだよ。ただ、それでも団体行動とかそういうのはどうしても苦手というだけだ。人数が多くなればなるほど、どうしても妥協や忍耐や責任が絡んでくるから、思ったように動けないもの」
「ドライな意見だなあ…。」
「そうか? まあ、いいけど…。でも、結局のところは自分の要求が通らない事の方が多いでしょ、団体で何かをやるのって…?」
「ま、まあな…」
「で、仮に団体行動が苦手な人間が、自分の思った通りに団体行動を成功させるには、単体行動より更に戦略と計算が必要になる。 少なくともそれなしでは私はできないぞ。“天性のカリスマ”とやらが備わっているというわけでもないしね。大変だぞ、まったく…」
「お前って、時々容赦の無いことをいうよな…」
 といいつつ感心したような顔を大嶋ちゃんはする。
「そうか?」
「時々、ビビる」
「ビビリすぎだよ」
 私は軽く笑いとばした。まったく、妙なタイミングと意外な事でビビる人である。
 やっぱり、大嶋ちゃんは予測できないタイプの人間なんだと思う。
 まあ、こんなことをいうと、彼女はまた何かいいそうな気がするけど…。


「しかし、大嶋ちゃん…」
「どうした?」
「いや、春だなあって思って…」
「まあな。のどかなもんだ……」
 ぼーっと二人で演劇部と科学部の騒ぎをBGMにして、春うららな気分に浸る…。
 空は晴れて、桜の香りのする風は心地よくて……。
 そして、BGMには演劇部と科学部が大騒ぎ……。

「悪くはないよね…」
「いいんじゃない…?」
 私と大嶋ちゃんは、しばらくの間、そんなことをいいながら、非常にのどか〜に屋上の手摺越(てすりご)しの春の景色をぼ〜としながら見ていた……。
 あと少し時が経てば消えてしまう、移りゆく春。そういうものを感じながら……


 そんなこんなで、2日後の夜……。

 速水ちゃんから携帯電話に連絡がきた。
 で、ごくごく普通に、そういや大嶋ちゃんと屋上にいた時、演劇部は何をやっていたんだろうなと漠然と思い出しながら、私は着メロ(協奏曲「四季」春 ヴィヴァルディ)の流れる携帯電話に出た。
 でもって、
「演劇部の脚本何とかしてくれ―――――っ!!!」
 途端(とたん)に、夜も遅いというのにお構いなしな問答無用の大声が響いた。これでもかといわんばかりに、それは遠慮容赦なく響きわたった。
「はいいぃぃぃっ!!?」
 私は思わず、呆然(ぼうぜん)とする……。
 速水ちゃんの声とそのいわれた内容は、飛翔綾(ひしょうりょう)学園の桜並木の桜の花ビラすべてが、一気に豪快(ごうかい)に飛び散りそうな、そのくらいの衝撃は余裕であった…。
 瞬間、大嶋ちゃんとのどか〜に花見をしていた時のことがが、えらく平和で、えらく遥か遠いものに見えてきた。

 そして、私はそのことを、後々更に強く、強く、強く…(以下省略)、あきれるぐらい感じることとなるのである……。





 こうして、春うららな時は流れる・・・・・・。

 1.屋上 ― SPRING ― 終了




― Warp Zone  ※こちらの話にも繋がっています。 ―

 ・ プロローグ 1  “1.屋上 ― SPRING ―” の後日の話になっています。



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